編集部が注目する、おいしくて居心地のいい店をご紹介する新連載「いい店見つけた!」。第一回目は、日本酒特集でもおなじみの食と酒のジャーナリスト・山同敦子さん推薦の、日本酒愛あふれる焼鳥店です。
高田馬場に「鳥でん」という知る人ぞ知る名店があった。庶民的なしつらえながら、店主は日本酒愛にあふれ、焼鳥の味は抜群で、値段はリーズナブル。筆者は酒好き仲間と足しげく通い、めくるめく悦楽を堪能していたのだが、残念ながら2023年春に惜しまれながら閉店した。寂しく思っていたところ、店主・小堀裕平さんが五反田で新たに店を開いたとの朗報が!
地下を降りて店に足を踏み入れると照明を落としたモダンな空間が広がり、カウンター席には、2台の焼き台が設えられている。個室もあって、広さは前の店の3倍以上ありそうだ。
まずは「やきとり糸の基本」という、おまかせの串5本、季節の小鉢4品、旬野菜の炭火焼1品で4,290円のコースを注文してみる。
初めに、季節の小鉢のうちの2品として、冷製ポタージュスープと本日のポテサラが登場。「誰もが楽しめる料理を出すように心がけています」と小堀さん。空腹時に、胃に優しい汁ものからのスタートは高ポイントだ。具だくさんのポテトサラダをつまみながら、ビールをぐいっと一杯。飲むぞ!食べるぞ!とスイッチが入る。
「日本酒どうします?香りのある軽めのモダンタイプからいきましょうか」と小堀さん。出てきたのは、「十四代」あらばしり 上諸白 本生(純米大吟醸)。酒が注がれると、すかさず、栃木シャモのささみがすっと置かれる。焼鳥のスタートは、あっさりとしたササミか胸肉を塩で焼いてワサビを添える串を定番にしているという。上品な味わいのなかに、シャモならではの噛み応えも楽しめる。噛むごとに広がる肉汁の甘みと山葵の香りが、風味豊かな「十四代」とよく合う。
肉を食べた後に、ふわりと香ばしさが。「実は仕上げに、特製の醤油ダレを側面だけにさっと塗って香ばしさを出し、単調にならないようにしています」と小堀さん。肉の持ち味を生かす繊細な仕事が光る。
2本目は、大山鶏の肩肉をタレで。酒、油少々、塩を振って、タレに3回つけて焼き上げる。大きさを揃えず、ランダムな方向に刺し、ねぎも挟むことで、食感の違いも堪能できるよう工夫されている。
扱う鳥肉は、大山鶏、信玄鶏の銘柄鶏2種と、地鶏として甲州地鶏、栃木シャモ、庄内鴨の合計5種を日替わりで用意し、取り交ぜて提供。大山鶏と庄内鴨だけだった高田馬場の店に比べて、肉のバラエティは豊富になり、腹の皮や、そりくら(腿のつけね)といった希少部位も扱うようになった。女性客が増えたことから、肉のサイズは2割ほど小さくして、いろいろな種類を味わってもらえるようにしているという。焼鳥の店としてバージョンアップしたことを実感する。
3本目に登場した信玄鶏のレバーは、タレにつけながら焼き上げている。肉の大きさをあえて不揃いにして、隙間を少しあけて串に打つことで、食べたときに食感の違いを楽しめるようにしているという。もつ焼き店の職人に憧れて料理の道に入った小堀さん。串打ちに対する探求心は強く、深い。
4本目に甲州地鶏の手羽の塩焼きが出たところで、「お酒は辛口の名品、宝剣にしましょうか」と小堀さん。脂ののった地鶏に、スパッと切れ味のいい「宝剣」純米酒 超辛口。うーん、たまりません。
小堀さんは、日本ソムリエ協会が2017年に創設した日本酒と本格焼酎・泡盛の資格「SAKE DIPLOMA(酒ディプロマ)」の持ち主だ。酒に関する知識はもちろん、相性のいい料理や提供温度についても身に着けている。日本酒はバラエティを考慮してタイプの異なる20種類ほどを揃えているので、好きな銘柄を言えば近いタイプを見繕ってくれる。ワインやシャンパーニュも厳選して揃えているので、好みを伝えて、あとはお任せにすれば、未知の口福を堪能できるはずだ。
高田馬場の店の真骨頂は気の利いたつまみの数々だった。「テキトーに出してね」と、お任せにすると、飲んでいる酒や腹具合を見て、阿吽の呼吸で出してくれたものだ。新店で「何かつまみください」とリクエストしてみると、メニューにある「本日のおすすめ」7品から選んでくれたのは、前の店でお馴染みの“いかにんじん”。会津の郷土料理をアレンジしたオリジナルで、にんじんと切干大根のシャキシャキ感と、昆布の旨味や甘味が一体になった呑兵衛泣かせの酒肴だ。「お酒は、これに決まりですよね」と、にんまりしながら注いでくれたのが会津若松の「会津娘」純米酒。文句なしの組み合わせだ。
お次は、これも前の店で人気があったゴーヤ佃煮。甘めで、シラスも入っていて、ゴーヤの青臭さが苦手な人にも好まれる味。小堀さんが合わせた日本酒は、香ばしさが魅力の「長珍」。完璧な提供の仕方に、小堀さんの店に来たぞ!という充実感に満たされた。
客席から見える場所に、酒専用の大型冷蔵庫が置かれるようになったのも嬉しい進化だ。「鳥でん」では、日本酒好きだとわかると、奥の冷蔵庫から魅力的な逸品を取り出して、ずらりとカウンターに並べてくれたものだ。一方、客には酒の品揃えが見えないので、よほどの酒好きでない限り注文するきっかけがない。そんな声があったことを思い出していたら、「糸」では日本酒ビギナーらしき男性客が、冷蔵庫を指さしながら質問し、小堀さんが目じりを下げながら丁寧に説明している姿を目撃した。日本酒ファンにとっては選びやすく、ビギナーにとっても敷居が低い店に生まれ変わったのだ。
日本酒好きのほか、居酒屋店主、イタリアンのシェフなど食のプロたちも偏愛した店「鳥でん」。小堀さんは、うるさ型の客のリクエストに応えてメニューを開発し、日本酒の蔵元に直接酒の説明を求めるなど、攻めの姿勢を貫いてきた。猛勉強してSAKE DIPLOMAの資格を取得し、料理も酒も年々充実度を深めた。根底にあるのは、客を喜ばせたいという強い思いだろう。今後も挑戦を重ね、来店客に幸せな時間を提供してくれるに違いない。
文:山同敦子 撮影:オカダタカオ