「ウイスキーと食」の新世界
これは、京都でしょう。「アイラ島産モルト」を「昆布を仕込ませた玉露茶」で割って、コンビーフサンドイッチと合わせてみた【ウイスキーと肉の絶妙、第3作】

これは、京都でしょう。「アイラ島産モルト」を「昆布を仕込ませた玉露茶」で割って、コンビーフサンドイッチと合わせてみた【ウイスキーと肉の絶妙、第3作】

食中酒としてのウイスキーの可能性を探る本シリーズ。今回は、王道の洋食ではなく、和食との相性を探る。質のよいコンビーフを選び、柴漬けを合わせ、黒七味をきかせたサンドイッチに。ウイスキーにも和のテーストをしのばせた――。

ウイスキーを和風ペアリング。どうすれば、そうなるのか?

新連載「ウイスキーと食の新世界」も第4回。今回は、「MIXOLOGY HERITAGE(ミクソロジーヘリテージ)のヘッドバーテンダー、伊藤学さんによるウイスキーと肉料理のペアリング提案の第3弾をお届けしよう。

これまでの提案を振り返ると、第1弾はシェリー樽熟成のシングルモルトのアールグレイティー割りと鴨のグリルのペアリングだった。これは、言ってみればフレンチ風だ。そして第2弾は、バーボンウイスキーのジンジャービア割りに、ローストポークのハニーマスタードソースという、アメリカンな組み合わせだった。

では第3弾とはどんな提案なのか。伊藤さんの口からは、意外なひと言が飛び出した。

「和風のペアリングにしてみました。使うウイスキーはアイラ島産のラフロイグ10年です」

シングルモルトの中でもスモーキーフレーバーに特徴があるお馴染みのウイスキーだ。これを、いかにアレンジすると、和風と呼べるものになるのだろう。提案の内容を聞いて、筆者は驚きを隠せなかった。

「ラフロイグ10年&昆布玉露茶」と「腰塚コンビーフの昆布〆と村上重しば漬けのサンドイッチ」
「ラフロイグ10年&昆布玉露茶」と「腰塚コンビーフの昆布〆と村上重しば漬けのサンドイッチ」

東京の名店、千駄木腰塚の高級コンビーフでサンドイッチを

今回はまず、食べ物から解説してもらおう。

「フレンチ風、アメリカン風、ときましたので、3つめは和風にしたい。和といえば京都、というこれも単なる思い付きですが、京都のバーで肉を素材にしたおつまみとウイスキーを出すとしたら、と想像してみました。オーセンティックバーでは昔から、サンドイッチを出す店が多い。そこで、コンビーフのサンドイッチはどうだろうかと考え、どうせやるなら、コンビーフは東京の名店、千駄木腰塚の高級品を使い、ピクルスの代わりには、京都の老舗漬物屋さん村上重のシバ漬けを奮発してしまおうと考えました」

サンドイッチ

サンドイッチの材料に惜しげもなく高級品を使うのもまた遊び心の一環。本当に驚くべきは、その調理法にあった。伊藤さんが続ける。

「和風にするという発想から、コンビーフを昆布〆にしてみました。スパイスには京都の黒七味を使い、パンの間に昆布〆コンビーフと刻みシバ漬けを挟んだら、バターを敷いたフライパンにギュッと押し付けて、ほどよく焦げ目がついたら裏返してもう一度プレス。最後に耳を切り落として完成です。このやり方はキューバンサンドというのですが、表面はサクサクなのに硬くなりすぎず、とてもおいしくできあがります。さらに、このコンビーフは馬肉が混ざっておらず、牛肉だけなので、国産牛の牛脂の甘みも味わえます。そこで、白出汁に漬けた温泉たまごを添えてみました。温泉たまごをちょっと崩しながらサンドイッチをつけて、味変を楽しんでいただけたらと思います」

昆布〆にあわせるのは、ラフロイグの玉露茶割り

このサンドイッチ、おいしいことは間違いなさそう。それはいい。では、どんなウイスキーと合うのか。なにしろ昆布〆だ。やはり、ここは、ジャパニーズウイスキーなのではないか。いやいや、伊藤さんの提案は、スコッチのシングルモルト、ラフロイグなのである。

「ラフロイグの玉露茶割り。簡単に言うとそうなります。1リットルの水に20グラムの玉露茶を入れ、冷蔵庫で1日。これで水出し玉露茶を作るのですが、この中に、3センチ角の昆布を入れておくのです」

おお!ここでも昆布か。その狙いはどこあるだろう。俄然、興味をそそられるわけだが、まずは1杯、作ってもらうことにしよう。

ラフロイグ

グラスの形状に合わせて下方に向けて細くなるようカットされた角氷を底に置き、ウイスキーを注ぐ。アイラ島産モルトが好きな人にはお馴染みのラフロイグ10年。分量は20mlだ。そこに、水出しの昆布玉露茶100mlをゆっくり注いでから、ナスタチウムの葉を飾る。これは、蓮の葉に見立てた飾り。最後にお麩を添えて完成だ。

なんとも言えず、京都じゃないか。

できあがったグラスを見下ろし、こんなラフロイグは初めてだと、改めて思う。そして、思い切って飲んでみる。

ああ、これはおもしろい。茶の香り、昆布のうま味に、ラフロイグが溶け込んでいるのだ。なんだろう、いったい、このグラスの中で何が起こっているのだろう。

燗酒におでんの出汁を混ぜて飲ませる店が東京は北区赤羽にある。あれは、なかなかオツな味がするものだ。一方でこの連載の第2回にも登場したウイスキーの紅茶割りにはなんの違和感もなかったし、アイリッシュコーヒーといったコーヒーとアイリッシュウイスキーで作るカクテルもある。だから、茶やコーヒー・紅茶の苦みとウイスキーの相性がいいことはわかる。しかし、ウイスキーと昆布とは、想像もしていなかった。ラフロイグとかけて昆布ととく、そのココロを、伊藤さんはこう説明してくれた。

私の中では「ラフロイグは昆布である」

「ラフロイグ蒸溜所のあるアイラ島南部は、ウイスキーの原料である大麦麦芽を乾燥させるときに炊く泥炭層が昆布やワカメなどの海藻を含んでいます。貯蔵施設も海に近いことがあり、アイラ島のモルトウイスキーには塩味や潮の香を感じさせるものが多いのはそのためです。その土地を潜る水がラフロイグの仕込み水になるのですが、これが昆布出汁みたいな風味をもたらすのです。だから合う。信じられないかもしれませんが、お吸い物にラフロイグを少し入れると、うまいんですよ。もう30年も前に発見したことなのですが、醤油に入れると昆布醤油みたいになって、刺身によく合う。私はこれをモルト醤油と呼ぶことにした。私個人の中では、ラフロイグは昆布である、という方程式が成り立っています」

ラフロイグは昆布である。名言である。簡潔にして要を得ている。そして筆者はこのとき、声を上げそうになった。コロナ禍より何年か前のこと。深夜、自宅でウイスキーを飲んでいるとき、そろそろ締めの1杯を飲んで寝ようかと、ふと、思い立って昆布茶を飲んだら、ウイスキーが止まらなくなったことがある。あのとき飲んでいたのは、ラフロイグだったか、ボウモアだったか。はっきり覚えていないが、ウイスキーと昆布茶の相性の良さということについては、図らずも知っていたことになる。

料理

おもしろくなってきた。いよいよ、サンドイッチを食べようじゃないか。まずは、断面を見る。高級品と言われただけでうまそうに見えてしまう。そして、口に入れると予想以上の味わいである。サクサクの歯ごたえの内側から、昆布〆なのにべたべたしないコンビーフにシバ漬けが絶妙に混ざり合って、口の中を和のテイストで満たしてくれる。そこへラフロイグ&昆布出汁玉露水出しをごくりとやる。アイラ島の海岸で潮風に吹かれながら昆布〆コンビーフのキューバンサンドを食べるという不思議な景色。それを頭の中に浮かべながら、白出汁温泉たまごをスプーンですくって口へ運び、すかさずサンドイッチをひと齧り。次には食べかけのサンドイッチを温玉の器に突っ込んですくいとり、口へ運ぶ。これまた驚くうまさだと伊藤さんを見れば、彼は笑いながらひと言付け足した。

「温玉にもラフロイグ。少し入れてます」

参った。そして楽しい。創意工夫とあくなき探求心で、ウイスキーと食の世界はまだまだ広がる。単純この上ない筆者は思う。このペアリング、世界に通用する知的財産ではなかろうか、と。

伊藤学さん
ミクソロジー ヘリテージ 伊藤学さん/1969年秋田県生まれ。新宿「いないいないばぁー」の藤田佳朗さんのもとに通い外弟子となる。漫画「BARレモンハート」は古谷三敏氏の代表作だが、同名の店舗も実際にある。その店で、94年から16年間にわたって店長を務め、オールドボトルの研究やあらゆる酒に合う酒肴の研究を重ねた。2020年より現在の店にてヘッドバーテンダーに。

店舗情報店舗情報

MIXOLOGY HERITAGE
  • 【住所】東京都千代田区内幸町1-7-1 日比谷OKUROJI
  • 【電話番号】03-6205-7177
  • 【営業時間】月~金 16:00~23:00(LO 22:15)、土日祝 15:00~23:00(LO 22:15)
  • 【定休日】月に2日
  • 【アクセス】JR、東京メトロ銀座線「新橋駅」より徒歩6分

文:大竹 聡 編集・構成:木田明理 撮影:池田博美

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)、『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)など著書多数。最新刊に『酒場とコロナ』(本の雑誌社)がある。

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