この連載では、ウイスキーにくわしい人も、そうでない人も、そのおいしさと奥深さを味わえる提案をしていきたい。ウイスキーと食いしん坊の新しい関係構築を目指して――。
東京三鷹に、小さなレストランがある。看板メニューはフライやハンバーグ。中でもここのエビフライは格別だと思う。ここまでは洋食店としての顔だが、レンズ豆のサラダやパテ・ド・カンパーニュ、白身魚のカルパッチョなどを盛った前菜や、トマト煮やワイン煮、ステーキ、シチューなどの主菜からあれこれ選んでコースにすると、堅苦しくない街場のフレンチの顔が見えてくる。
先般は、前菜に合わせてまずはカヴァでスタートした。酸が強すぎないカヴァがうまくて、あっという間にグラスは空になる。引き続いてグラスワインは赤を選んだ。パテや生ハムをつまみながらワインをひと口、ふた口飲むうちに、メインの前に挟んでおいた名物エビフライとカキフライが供された。
粒の大きすぎない牡蠣は上品で食感も良く、立派なサイズのエビは、一軒の西洋料理店を親子3代にわたって愛される店にした名物だけに、その味わい、申し分ないのだった。なにしろ衣がおいしい。
そして、主菜には、鴨のもも肉のコンフィを頼んだ。骨付きの肉を塩で味付けしておいて、油で煮るコンフィ。ナイフを入れて、熱いところを口に運ぶと、塩味とカリッとした皮の食感がすばらしく、ほろほろと崩れるような肉にも味はよくしみ込んでいる。
グラスに残った少しの赤ワイン――ハウスワインだが、渋みが過ぎず、とてもおいしい――を飲み切って、アッと思った。
この鴨。ウイスキーに合うんじゃないか?
咄嗟にそう思ったのは、鶏の唐揚げを思い出したから。鶏の唐揚げとウイスキーのハイボールは定番化した取り合わせだが、口に入れたときの最初の印象には、鶏から揚げと鴨のコンフィに共通するものがある。
ドリンクメニューをもらうと、ハイボールがあるではないか。さっそく頼んでコンフィとの相性を確かめる……。いや、確かめるまでもなかった。これは、イケる。
鴨肉は血が多く、味わいも濃いから、ウイスキーの強めの個性と炭酸の爽快さが実によく合う。店のハイボールは角瓶だったが、同じサントリーなら白州も合いそうだ。鴨のみならず、猪にはレモンやオレンジも合う。ということは、柑橘系の風味のあるシングルモルトや、デュワーズなどのブレンデッドもイケルだろう。
モルトなら、グレンモーレンジィ、グレンドロナック、グレングラントとか、どうだろう……。いやいや、スコッチだけでなく、バーボンの世界も広いぞ。
アイルランド、スコットランド、アメリカ、カナダ、日本。この5ヶ国でつくられるウイスキーを世界の5大ウイスキーと呼ぶことがあるが、日本ほど、その飲み方のバリエーションを開発してきた国はないだろう。水割りを創出し、ハイボールを全国レベルで飲まれるまで普及させたのは、世界5ヶ国の中でもおそらく日本だけ。そうして、和食に合わせ、中華に合わせ、フレンチやイタリアン、エスニックフードとも一緒に楽しめるウイスキーの世界を広げてきた。
つまり、日本が世界に先駆けて試行錯誤してきたのが、ウイスキーを食中酒として楽しむことなのだ。肉だけに限っても、燻製肉とスモーキーなモルトという同系統を合わせるやり方から、ステーキにかじりつきながら飲むヘビーなバーボンのストレート、猪鍋にホットウイスキーなど咄嗟に思いつくコンビが、いくつもある。
そうそう、忘れちゃならないのが、内臓系。肝臓、腎臓、ハラミに大腸、牛でも豚でも、こってり濃いやつほど、ウイスキーがほどよく中和してくれる。ジンやウォッカ、焼酎などのホワイトスピリッツにはない香りと深み、熟成樽の違いによる風味のバリエーションなどが、ウイスキーの大きな魅力だが、このキャパシティはまだまだ掘り尽くされていない。それどころか、これから奥深いおいしさの世界を、掘削していく時代なのだ。
ウイスキーがおもしろい。それも、食事をしながらのウイスキーが、今、ますます、おもしろくなっている。(つづく)
文:大竹聡 写真:iStock.com