「ウイスキーと食」の新世界
豚の生姜焼きからの発想。「後熟したバーボン」を「ジンジャービア」で割って、豚ロースと合わせてみた【ウイスキーと肉の絶妙、第2作】

豚の生姜焼きからの発想。「後熟したバーボン」を「ジンジャービア」で割って、豚ロースと合わせてみた【ウイスキーと肉の絶妙、第2作】

食前でも食後でもなく、食中酒としてのウイスキーの魅力を食いしん坊に提案する本シリーズ。第3回は、豚肉とバーボンが出会う。日本人にとって豚肉の代表的メニューと言えば、そう、豚の生姜焼きである――。

低温調理した豚ロースをソテー。当然、ソースにもウイスキーを隠して

新連載「ウイスキーと食の新世界」の第3回は、前回に引き続きウイスキーと肉の絶好ペアリングを探求しよう。料理と酒の組み合わせを提案してくれるのは味覚の探求者として多くのファンをもつ「MIXOLOGY HERITAGE(ミクソロジーヘリテージ)のヘッドバーテンダー、伊藤学さんだ。

今回、伊藤さんが選んだのはバーボンウイスキーと豚肉。さて、どんな魔法をかけてくれるだろうか。

「メーカーズ46のケンタッキーミュール」と「ローストポーク ハニーマスタードソース トリュフポテトピューレ添え」
「メーカーズ46のケンタッキーミュール」と「ローストポーク ハニーマスタードソース トリュフポテトピューレ添え」

では、今回もまずは料理から紹介しよう。伊藤さんが選んだのは、豚のロースだ。

「まず、塩麹に1日漬けます。それから低温調理で肉が柔らかく仕上がるように熱を入れてからフライパンで軽くソテーし、最後に、ピザ窯で焼き上げています」

なるほど、ひと手間もふた手間もかけているわけだが、いずれも素材のうまみを逃がさないための大事な工夫だろう。そしてソース作りにも、ちょっとしたコツがあるという。

「顆粒のコンソメ、白ワイン、ハチミツ、粒マスタード、それから醤油を少し足して詰めていき、最後にバターを入れて完成ですが、僕の場合は、ここに、この食べ物に合わせるウイスキーのメーカーズマークを少々と、最後にまた粒マスタードを足します。合わせる酒を調味料として使うと料理には合うものだし、追いマスタードをする理由は、マスタードは熱すると飛んでしまうからです。だから最後にもちょっと足して、風味が後から追いかけてくるような感じにする。このズレが、味や香りを立体化するというのかな」

ローストポーク ハニーマスタードソース トリュフポテトピューレ添え

薄く切った豚ロースに、このソースをかけ、トリュフオイルを加えて香りづけしたポテトピューレを添えると、あとは、このひと皿に合わせる飲み物の準備だけ、ということになる。伊藤さんが選んだのは、メーカーズマーク。アメリカ、ケンタッキーの伝統的な蒸溜所で造られてきたクラフトバーボンだ。ライ麦の代わりに冬小麦を原料に用いるこのバーボンは、独特の甘みと優しさで魅了する銘酒だが、今回は、通常版よりワンランク上のメーカーズマーク46を使うことにしたという。

メーカーズマーク46

インナーステイブとよばれる焦がしたフレンチオークの樽板を10枚、すでに熟成を終えた原酒の樽に沈め、さらに数ヶ月間熟成させる“後熟”(こうじゅく)という工程を経たのが、メーカーズマーク46だ。ちなみにこの46というのは、後熟に用いる樽板の焦がし具合を指定するための番号であるという。後から樽に入れたステイブ(樽板)からは、キャラメルやバニラの香味が溶け出して、より厚みを増した仕上がりになる。ではこの、ワンランク上のメーカーズマークを、伊藤さんはどうアレンジするのか。

バーボンのジンジャービア割り。発想の原点は豚の生姜焼き

「豚肉にバーボンを合わせようと考えたときに、ポッと頭に浮かんだのが、豚の生姜焼きです。生姜の風味は豚肉にはきっと合うだろうと、まあ、日本人ならみんな思うかもしれない。でも豚の生姜焼きにバーボンのソーダ割りではシンプルすぎる。だから豚肉はハニーマスタードのソースにして、メーカーズのほうをジンジャービアで割ったらどうかという発想になりました。もちろん、普通にソーダ割りで間違いない。これは遊び心です。ジンジャエールで割ってもいいでしょうね。ウォッカをジンジャエールで割り、ライムを入れるとモスコミュールというカクテルになりますが、今回、ベースがケンタッキーバーボンのメーカーズマークですから、生姜をより効かせたケンタッキーミュールにしました」

メーカーズ46のケンタッキーミュール

レシピは、とてもシンプルだ。

氷を入れた銅のマグカップにメーカーズマーク46を30ml、ジンジャービア100mlを注ぎ、8分の1個のライムを搾り、皮も入れ、最後にすり下ろしたショウガを投入、軽く混ぜて完成だ。

「ショウガは摺り下ろして入れると繊維が残って、より生姜焼き風になります。このショウガの香りと味が、まず、ハチミツによく合います。そしてベースのメーカーズマーク46がもっているキャラメルっぽいところが、ハニーマスタードとの間で、お互いのうまさを引き立てる感じです」

さあ、飲んで、食べてみよう! 伊藤さんの話を聞くだけでどうしようもなく前のめりになっている筆者、まずは銅マグを満たすケンンタッキミュールをひと口やる。メーカーズマークのような上質のバーボンはストレートかオンザロックがもっともうまい、なんてことを日ごろ考えているのだが、メーカーズマーク46のまろやかな厚みが、なんとジンジャーの香味に調和して、とてもすっきりしていて、魅惑的なのだ。これなら伊藤さんの言うとおり、ジンジャエール割りにして少し甘みがついてもまったく問題ない。ウイスキーとジンジャエールの甘みが心地いい軽さで口中を満たすだろう。

料理

そういえば、メーカーズマークに砂糖とミントの葉っぱ、クラッシュドアイス、ソーダを加えて作るミントジュレップも、飲めば必ずお代わりしたくなるようなうまさであったな……、などと思い当たるフシもある。ちなみにこのミントジュレップはアメリカの競馬の祭典、ケンタッキーダービーのオフィシャルドリンク。ああ、生涯に一度だけでいい。はるばるケンタッキーまで出かけて行ってメーカーズマークのミントジュレップを飲みたい!そんな気持ちにもさせる、ケンタッキーミュールなのである。

本場ケンタッキーのクラフトマンたちにも、味わってもらいたい

薄く切ったローストポークに、メーカーズマーク46を少し加えたハニーマスタードソースをつけて食べる。追いマスタードが効いているので、味わいは甘く爽快。噛むと塩麹に漬けたロースのうまみがじわりと滲みだす。そこで、ケンタッキーミュールをもうひと口。うまい、文句ない。

豚をつまみにウイスキーを飲もうというとき、生姜焼きをヒントにハチミツ、マスタード、ジンジャーの香りと味を結びつける発想も、まさに日本人ならでは。このインスピレーションは、本場ケンタッキーのクラフトマンたちにも、ぜひ味わってもらいたい。伊藤さんは言う。

「あっ、うまいかもな、と思う組み合わせを、気軽に楽しむのがコツですね。難しく考えないほうが楽しいし、意外に失敗しない。固定観念にとらわれず、頭を柔らかくして楽しむに限ります。まあ、多少の手間はかかるけど、誰か人を招く日などに、試していただきたいですね」

伊藤学さん
ミクソロジー ヘリテージ 伊藤学さん/1969年秋田県生まれ。新宿「いないいないばぁー」の藤田佳朗さんのもとに通い外弟子となる。漫画「BARレモンハート」は古谷三敏氏の代表作だが、同名の店舗も実際にある。その店で、94年から16年間にわたって店長を務め、オールドボトルの研究やあらゆる酒に合う酒肴の研究を重ねた。2020年より現在の店にてヘッドバーテンダーに。

店舗情報店舗情報

MIXOLOGY HERITAGE
  • 【住所】東京都千代田区内幸町1-7-1 日比谷OKUROJI
  • 【電話番号】03-6205-7177
  • 【営業時間】月~金 16:00~23:00(LO 22:15)、土日祝 15:00~23:00(LO 22:15)
  • 【定休日】月に2日
  • 【アクセス】JR、東京メトロ銀座線「新橋駅」より徒歩6分

文:大竹 聡 編集・構成:木田明理 撮影:池田博美

大竹 聡

大竹 聡 (ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)、『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)など著書多数。最新刊に『酒場とコロナ』(本の雑誌社)がある。