
食いしん坊にウイスキーの新しい側面を楽しんでもらうためにスタートした本シリーズ。ここから3回、酒や料理のプロフェッショナルとともに、「肉」とのマリアージュを探求していく。読めば、食中酒としてのウイスキーを自宅でも試したくなるに違いない――。
「『ウイスキーと食』の新世界」と題して華々しくスタートをきった当企画の第2回は、前回に引き続き、ウイスキーと肉の絶好のペアリングを探求すべく、一軒のバーを訪ねた。場所は有楽町~新橋間のJR高架下に連なる「日比谷OKUROJI」というショッピングや飲食のアーケードで、店名は、「MIXOLOGY HERITAGE(ミクソロジーヘリテージ)だ。
この店のヘッドバーテンダー、伊藤学さんは、酒とそれに合わせる酒肴の探求者であり、魔術師だ。ウイスキーやジン、リキュールなどの現行製品に、瓶詰から20年以上を経過したオールドボトルの中身を絶妙な分量で調合することにより、味わい深く香り豊かで、舌ざわりも滑らかなオールドボトルに変身させる。一方で、クラシカルなカクテルの名手でありながら、従来の手法にこだわらない斬新なレシピを開発。それに合わせる料理も自ら手掛けるという、プロ中のプロだ。
そんな、バーテンダーであり、シェフであり、化学者の顔も持つ伊藤さんにぶつけたテーマは、ウイスキーと肉の新しくておいしい楽しみ方だ。その回答の第1弾がこれである。
当連載の初回で紹介したのは、街のフレンチで食べたオーソドックスな鴨のコンフィとブレンデッドウイスキーのハイボールという取り合わせだった。そして今回、伊藤さんは同じ鴨を使ったフレンチ風の料理に斬新なウイスキーカクテルを提案してくれた。
まずは料理から説明しよう。
鴨のグリルだが、ご自宅で試すにはソースが少しばかり凝っている。豚のスジなどの端材と、ニンジン、タマネギ、セロリなどを煮て出汁をとり、煮詰めた赤ワイン、カシスリキュール、バルサミコ酢、台湾のウイスキー「カバラン」のオロロソシェリー樽熟成も加えている。このソースを皿に広げ、グリルした鴨とアスパラをのせ、ツリーマスタードを添えたら完成だ。
次に、飲み物。
材料は、台湾産ウイスキーのカバラン10mlと、アールグレイティー100mlのみ。1リットルの水に18グラムのアールグレイの茶葉を入れ、冷蔵庫で1日保存して水出し紅茶を用意しておく。次に、オロロソシェリーの熟成に用いられた樽で貯蔵したカバランを、ワイングラスに注ぎ、グラスを横向きにして丁寧に回転させ、グラスの内側にウイスキーをなじませ、香りをつける。
そしてウイスキーの香りをつけたグラスにアールグレイティーをゆっくり、丁寧に注ぐ。これで完成。たったこれだけ。しかし、グラスを口元に運ぶとすぐに驚かされる。まず、カバランが香り、次にアールグレイの心を落ち着かせる香りが続き、口に含むと、カバランがワインのような印象をもたらすのだ。伊藤さんは解説する。
「アールグレイの香りはワイン系の香りと相性がよく、混ぜると、華やかで、ブルゴーニュワインのような感じが出てきます。いくつかのシングルモルトで試してみたのですが、カバランが最適だと思いました。温暖な気候の台湾で作られるカバランは、熟成が速く進むので、熟成年数は若くても樽の個性が強く出ます。鴨のグリルとのペアリングでは、シェリー樽の個性がより強く出るものがほしかった。シェリー酒は酒精強化ワイン(醸造過程でアルコールを添加した、度数が高くコクのあるワイン)ですから、やはりアールグレイとの相性がいい。そこで、シェリーの中でも甘みの豊かなオロロソ樽熟成のカバランという結論になりました。鴨に合わせるワインの香りや味わいを、台湾産のシングルモルトとアールグレイティーで作り上げてみました。けっこういいと思いますよ」
たしかに、イケル。アールグレイとシェリー樽由来のタンニンでほんの少しの渋みを残す口中に、ほのかに甘く爽やかなソースをまとった鴨肉が溶けだしていく。肉の味付けは塩コショウだけなのに、なんとも深い味わいがあり、噛むほどに鴨のコクも滲みだす。カバランのアールグレイ割りと鴨のグリル。見事だ。
「バーの強みは、ありとあらゆる酒があること。それをよく知るバーテンダーがいるということです。何が言いたいのかというと、ここにある様々なアルコール飲料を、バーテンダーは調味料として使うことができる。たとえばカシスリキュール、たとえばウイスキー、あるいはブランデーといった様々な種類の酒をいかにソースに活用するか。熟成年数の長い酒を少しだけ調味料に使うというのは、考えてみると贅沢なことなんです。10年熟成の酒の場合、10年もの時がそこに流れていて、その分、豊かな味わいになっているからです」
なるほど、おっしゃる通りだ。伊藤さんの話に魅了されながら、カバランの紅茶割りをひと口。ますますワインっぽくなっているなと感心しながら鴨肉をまたひと齧り。爽快にして濃厚。実に贅沢な、ハレの日のペアリングと言えようか。グラスをじっと見る筆者に伊藤さんはショットグラスを差し出した。
「ストレートで飲みたくなりませんか」
いま、まさにそれを言わんとしていたところ。心の中を見透かされ、いっそ、気分がいい。そして、カバランのオロロソシェリーをひと舐めして、鴨肉でソースを拭いとるようにして口へ運ぶ。
「笑ってしまう、うまさだね」
言葉を失った筆者が発することができたのは、こんな、取りとめもないひと言だった。
文:大竹聡 編集・構成:木田明理 撮影:池田博美