
旅先でひとり飲みとなれば真っ先に探すのは酒場だが、青森県弘前市の「和料理 なかさん」は江戸期創業の歴史ある和食店ながらゆるり飲める、知る人ぞ知る一軒。雪降る津軽の冬にも、温もりあるひとときにひたりたい。
割烹として1786(天明6)年創業に幕開けした城下町・弘前屈指の和食店と聞けば、気楽に飲めないのではとの懸念が生じるかもしれない。実際、「和料理 なかさん」は地元のハレの日の宴席でも頼りにされる名店。ネットで「ひとり飲み」「居酒屋」といったキーワードで検索してもヒットしないが、店の奥のカウンター席は、津軽の銘酒をゆるり楽しめる呑兵衛の拠り所であり、ひとり盃を傾ける常連さんの姿も見られる。店内は落ち着いた佇まいながら、女将・中村伸子さんの笑顔とやわらかな津軽のイントネーションにたちまち和み、肩の力はすうっと抜けるだろう。
料理は昼夜ともコースの人気が高いものの、津軽の郷土料理を含むアラカルトも選べ、さらには少量の小鉢料理も揃うのがいい。日本酒は県内外の銘柄が揃うが、旅してこその出会いを求めるなら、広く知られる「豊盃」各種をはじめ、弘前の銘酒を選択したい。全般的にほんのり甘味を帯び、口当たりものど越しもやさしく、そっと料理に寄り添うのだ。たとえば秋深しとある夜、まろやかやわらかクリーミーな「純米にごり酒 弘前城」(弘前銘醸)が、青森県では松茸と並ぶ山のご馳走であるサモダシ(ナラタケ)の煮物の旨味をふわり包み、ああ、旨いねえええ、としみじみ。ちなみに、津軽弁でおいしいは「めぇ」。感慨が深まれば、「めぇぇぇ」となる。






日本酒を弘前くくりで進めれば、同じ市内でもそれぞれに個性が異なるのが面白い。たとえば「豊盃」は味わい、余韻ともにほんわり。「斬」「津軽蔵衆」などカネタ玉田酒造店の酒は、軽やかにふくらみキレ良し。「六根」(松緑酒造)は程よいボディ感があり、「杜来(とらい)」は米の存在感が穏やかに立つ。メニューの日本酒には「1合」とあるものの、少量でもオーダーできるのでぜひ飲み比べを。「お酒もお料理も、お客さまの好みで楽しんでいただくのがうちのスタイル」という、中村さんの言葉に甘えたい。
料理には、眼福に与れる品の良さと美しさあり。素材の上質さを実感するなら、近海の幸を盛り合わせたお造りは欠かせない。訪れた日は、しっとり旨味が舌に馴染んだヒラメや、シャクシャクとした食感のホッキ貝など、すべてが旨くて心身とろけた。米のとぎ汁にひたす下ごしらえの後に炙った「身欠きニシンの山椒焼」は、驚くほどのやわらかさと上品な旨味に、冬が旬のナマコは弾む食感に、「あう~」と言葉にならない声がこぼれた。イカの塩辛は、肝の清々しさに唸る。
酒は、すいすい進みっぱなし。そしていずれも、燗をお願いできるのが魅力。カウンター内の片隅、白いカルキがしっかりこびりついた小鍋は、中村さんの父の時代から50年近く使われてきたもの。幼い頃は帳場に置かれた銅壺で祖母が燗をつけるのを見て育ち、今も正月休みはストーブの前でお燗番を務める中村さんは、燗酒に深い愛あり。酒の温度が上がるにつれ、ぷっくり表面がふくらんでいく様子が好きだという。
その温もりは、冷えた体の芯にほんわりしみるだけではない。マダラの白子やアンコウの肝など味わい濃厚な青森の冬の美味は、酒とひとつになってとろりふわり旨味がふくらみ、極上の幸せはさらに上昇。なのでゆっくり、さらにたっぷり、酒は進みっぱなしになる。





まちのメインストリート・土手町通りの裏手に位置するこの店は、昔からウナギの旨さでも知られ、小さめの鰻丼もいいねえと締めを思いながらメニューを追えば、国内外のウイスキーが意外なほど豊富に揃っている。中村さんはスコットランドまで旅したことがあるほど、ウイスキーにも愛ありなのだ。ふと思い立ってスカイ島の「タリスカー」を頼み、スケソウダラの卵の旨煮を合わせてみたところ、あら、ま、びっくり。なんてこと。口中に、心地良い潮風が吹いた。イカの塩辛ともいい塩梅に溶けあい、ナマコは甘味が引き立つではないか。遙かスコットランドと津軽が手をつなぐ幸せ大発見に喜び、ついおかわり。もしかしたら海が香る酒肴だから、海風吹くエリアの酒が合うのか?はたまた、単純に北国だから?あらたな探求の扉が開いてしまったから、さあ、大変。もっと飲まなくちゃねえ(研究結果を未来にお届けできるよう、頑張ります)。
これからの季節の旅なら、例年2月上旬に「弘前城雪燈籠まつり」が開催されるので、幻想的な光景を胸に刻んだ後、この店で過ごすのが理想の流れ。4月中旬~5月上旬は、「弘前さくらまつり」。樹齢100年を超える桜が織りなす眺めはアルコール抜きでも酔えるが、地元の飲食店や菓子店などが基本という独自ルールがある出店は、ビールはもちろん日本酒やワインも味わえるため、実はひとり飲みでも心がはしゃぐ。オートバイの曲芸やお化け屋敷など、地元では当たり前の景色も、旅人には新鮮に目に映ることだろう。そして夜は、やっぱりなかさんに……。まちも店も混み合うのであれこれ早めの手配が必要だが、それでも行く価値ありの津軽の春だ。
とはいえ春に限らず、雪解けの頃から夏までは多様な山菜で、秋はキノコ天国、そして冬は旨味を増した海の幸でこの店のメニューは賑わう。つまりは一年を通して、すこぶる「めぇぇぇ」な口福が待ち受けるのだ。

公式サイト
http://suigeturo.com
文:山内史子 写真:松隈直樹