
この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。前回に引き続き、ご紹介するのは食いしん坊倶楽部LINEオープンチャット「焼肉部」さやさんからの推薦店、江東区北砂の「焼肉スタミナ苑」です(後編)。
焼肉スタミナ苑(北砂)編、まさかの前後編になってしまいました。1回分のつもりで書き始めたのに、話も肉も濃厚だったもので、ついあれもこれもと盛り込みたくなり、「上限です」と言われていた2,000文字を前回分で軽々とオーバーしてしまいました。結果、一品目のお肉となる塩麹タンまででWEBなのに紙幅を使い切る始末。気づけば4,000文字コースまっしぐら。
担当さんに「どの要素も落とせません!」と泣きついたら、前後編にしてくださる段取りを取ってくださいました。これがWEBのいいところ。「特例ですよ!」と釘を刺されましたが、しめしめ……(声に出して読んではいけない日本語)。
さて前回は三代目店主の呉奉柱(オ・ボンジュ)さんの話と「塩麹タン」の食感で紙幅が尽きてしまったので、焼肉としてはここからが本番です!
前編でも触れていたように、ボンジュさんのカルビへの思い入れは強い。
「いまの焼肉店って、特に上カルビにはリブロースとかいろんな部位を使うじゃないですか。本来カルビの語源である”肋骨”まわりのトモバラを使う店が減っているんですよね」
トモバラはバラの最大分割単位で1枚(片側)あたり30kg以上もある横長の肉塊だ。その下側がソトバラ、上側がウチバラ(ナカバラとも言う)に分割される。ソトバラはタテバラやササバラに、ウチバラはカイノミや肩側へと続くヘッドバラなどに分かれていく。中落ち(ゲタ)やインサイドスカートはソトバラとウチバラの両側にまたがる部位。
この店の盛り合わせにはタテバラ、カイノミ、中落ち、ヘッドバラの4種から3種が盛り込まれる。連日満員の人気店で部位ごとにどういう仕事を施すかが明確だからこそ、巨大なトモバラ1枚から部位ごとの焼肉カットへと切り出すことができる。
今日の組み合わせは同じ黒毛和牛(A5・雌牛)のトモバラから切り出したカイノミ、タテバラ、中落ちという味も食感も微妙に違うトリオDEカルビ!思わずにんまりしてしまう組み合わせだ。そしてこのタイミングでライスが登場。心のうちで大喝采と大歓声が巻き起こる。
焼きはまず、トモバラの後ろ足の方、ヒレにも近いやわらかなカイノミから。表と裏に軽く焼き目を重ねてそのまま口に放り込む。やわらかな赤身の旨味と和牛らしい脂のバランスがカルビの一枚目にはぴったり過ぎて、思わず写真を撮り忘れる。
中落ちはゲタカルビとも言われる肋骨の間の筋肉。筋のコクも乗ってくる部位で、味も食感も強い。軽く焦がしを入れるくらい深めに焼きを入れ、エゴマの葉で包んで味噌をちょんと乗せる。エゴマの香りの奥から顔を覗かせたカルビの味がグイグイ膨らんでくる。しみじみ旨いなあ……。
そしてきれいにカットされた王道のタテバラ!こちらは表面の焼き目は軽めにとどめるよう丁寧に焼き、タレにちょんとつけて半分は肉だけで、もう半分は白飯とともにかっこむ。これぞ焼肉!と叫びたくなってしまう。
あらためてカルビは焼肉にして本当においしい部位だなあ。先人の知恵はなんと偉大なことか。
焼肉はやっぱりカルビである。
と悦に入ったのもつかの間、続いての和牛上ハラミや並ロースを頬張っても、「焼肉はハラミだ」「いやいやロースでしょう」と印象が次々上書きされてしまう。
厚切りの和牛のハラミをがっつり焼き込んで、あふれる肉ジュースと噛み込んだ繊維の旨味が口内に満ちた瞬間「これが優勝!」と撃ち抜かれてしまう。
かと思えば、薄切りで枚数の多い並ロース(並なのに和牛のシンシン!)はサッと焼いたり、深く火を入れたり、焼いてそのまま口に放り込んだり、白飯と一緒にサンチュで巻いてみたり……。まるで焼肉満漢全席を味わうかのごとき、極上の多様性に満ちていた。
移ろう自分の感想などもはや信用できない。信じられるのは肉だけだ。
そして最後に筋膜の噛み応えが楽しい、辛味噌味のトロスジが差し出された。
カルビから切り出されたスジ肉が丁寧に焼肉仕様にカットされている。裏を返せば、ほぼ全面が筋膜に覆われた堂々たるスジ肉だ。
筋膜側をきっちり焼き込み(正肉側はお好みで)、噛み込んでいくと肉と筋膜の際から永遠に噛んでいたくなるコクが沁み出てくる。濃いめの味つけがよく似合い、思わずライスを追加発注したくなってしまう。
締めの玉子スープはふわっふわで、盛岡冷麺の麺は大好きなかん水香る近年のスタイル。気づけばあれもこれも食べそびれているが、もうお開きの時間。
砂町の「焼肉スタミナ苑」には現代の焼肉の楽しみがすべて詰まっている。足りないものといえば、取り替え用の胃袋ぐらいだ。
文・写真:松浦達也