
この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回ご紹介するのは、食いしん坊倶楽部LINEオープンチャット「焼肉部」さやさんからの推薦店、江東区北砂の「焼肉スタミナ苑」です。
この店名の焼肉店は駅から遠い。足立区鹿浜もそうだし、江東区北砂のこの店もそうだ。だからそう頻繁には伺えない。それでも訪れれば、数十年の歴史に裏打ちされた信用できる肉と磨かれた味に出会うことができる。
都営新宿線大島駅(もしくはJR亀戸駅)から東陽町駅前行きのバスに乗る。丸八通りを南下して北砂七丁目のバス停で下車。東京の”三大銀座”として知られた砂町銀座商店街を東口から入り、すぐの角で右へ顔を向けるとぼうっと煌めく「焼肉スタミナ苑」のネオンが目に飛び込んでくる。
今回もdancyu食いしん坊倶楽部のLINEオープンチャットの分科会「焼肉部」メンバーのさやさんからのお薦め店だ。僕自身は8年ぶりくらい。
現在の店主は呉奉柱(オ・ボンジュ)さん。1955年に祖母が創業した焼肉店を父が継いだ。その父のもとに11年前にボンジュさんが修業に入り、2年前にこの店を継いだ。味の柱はふたつ。ひとつは祖母と父から継がれた味、もうひとつは自身の研鑽と交流から生まれた味だ。
「例えば長くお付き合いしている精肉2軒、内臓2軒の卸はずっと同じです。メニューもキムチなどはもう祖母の味そのまま。ただ手仕事だったのを僕の代になってすべて数値を量ってレシピ化しました」
一方で新しく生み出した味もある。数年前にメニュー入りした「塩麹タン」などは「半分遊びで」あれこれ試すなかから生まれたメニューだという。同業の友人との情報交換も盛んで、過去、この連載に登場した「焼肉ここち」「ホルモンコウ」の店主などとの交流も深い。
「朝鮮学校の先輩後輩なんですよ。いま野方で『三宝苑』をやっている木村(徹晧)さんが僕の3個上で、後輩だと荻窪『ホルモンコウ』の徳山(京介)くんと立石『幸泉』の安(龍秀)くんが同期で、その下の代に木村さんの弟の高円寺『ここち』の木村(舜徹)くんがいる。父の世代あたりだとお互いライバル心がバチバチだったみたいですけど、僕ら世代は一緒にバーベキューやったりもしますよ」
誰もが幼い頃から焼肉に親しみ、20代で修業に入り、30代での独立後も教え合い、高め合う。気取らぬ雰囲気は残しながら、一段二段上の仕事を目指していく。いま町焼肉シーンが活況を呈しているのは偶然ではない。
なんて話はいつまでもしていたいくらい楽しい。しかしそろそろ開店時間だ。注文を決めなければ。毎日代わるタッチパネルのメニューを見ながら、ざっと注文方針の相談をする。
「正肉はA5の雌牛が基準です。とはいえ、卸さんにおすすめされれば、A4を入れることもありますし、部位や状態は仕入れに左右されるので、おすすめは当日までわからないんです。すみません。ただカルビには力を入れています。巨大なトモバラを1枚で仕入れて、タテバラ、ササバラ、ソトバラ、中落ち(ゲタ)、カイノミなどに分割してお出しします。ロースもファミリー層向けの昭和ロースはさっぱりした品種ですが、並ロースは上ロースと同じ黒毛和牛のシンシンを薄切りにしたものです」
タテバラ大好き!カルビ盛り合わせと並ロースで。そのタイミングでライスもお願いします!
「焼肉って本来、肉だけを食べるものじゃなく、キムチやナムルなどサイドメニューも箸休めで食べながら食べ進めていくもの。刺身はミノが名物で、イカ、つぶ貝、センマイなど。今日はハツの鮮度がいいのでハツ刺しが3種ありますね。あ、今日はケジャンもあった。こちらもおすすめです」
タッチパネル上にも明らかに日替わりと思しき「おすすめ」マークのついた品がちらほらあって迷いは深くなるばかり。気を落ち着けるために、キムチ、ナムンチ(混ぜナムル)、サンチュ、エゴマの葉、それにミノ刺しを注文。その他、先ほど話に出た「塩麹タン(厚切り)」、あるとどうしても頼んでしまう「厚切り上ハラミ」、端材をメニュー化したであろう「トロスジ」。あとは、スープと冷麺で!
「い、いったん、これくらいにしておきましょうか。お飲み物は?」
この「スタミナハイ」というのは……?
「朝鮮人参とジンジャエールのサワーです」
いただきます!
お通し代わりのもやしナムルと三代継がれたキムチ、ナムンチをつまみに、スタミナハイで喉を潤す。想像以上に朝鮮人参の味が強い、今日はたくさん飲めそうな気がする(飲まなくていい)。
という自問自答をしていたら、ボンジュさんが塩麹タンを持ってやってきた。SNSで人気が爆発したものの「つきっきりで焼かなくちゃならないから、あまり注文が多くても……」と苦笑い。
厚切りタンの焼きの難度は高い。ザクッとした歯ざわりが楽しいから、肉の芯まで熱を加えたいが強火で焼くと表面が焦げてしまう。まして糖分も多い塩麹は、加熱するとある時点から一気に焦げるからますます客任せにできない。
「いつかは焼きたい」と心に秘めて、ボンジュさんの焼きを注視する。最初は弱火のエリアで表と裏をじわじわ加熱していく。肉焼きで言う、常温戻しというか予熱を入れる作業に近い。
が、塩麹は瞬時に焦げが加速する。上下を返し、網の上にもう一枚焼き網をかませて、遠火にするなどしてじわじわと内部に熱を伝え、火から下ろしてなお予熱で火をいれる。およそ焼き始めから20分。まな板の上でカットまでしてくれた。
その一片を口に運ぶ。舌に乗せた瞬間、いきなり旨い!塩麹の糖質とグルタミン酸自体のおいしさに加えて、糖質とアミノ酸のメイラード反応と、糖質のカラメル化の三重奏だ。いや、塩味も加えて四重奏。そこに内側からタンの繊維がザクッと強い食感で何度も何度も顕現する。
なるほど。塩麹に含まれるタンパク質分解物質のプロテアーゼよりも、塩麹による脱水のほうが優位に働いているということか……。との考えもそこそこに、口のなかでざくざくとタンの繊維を破断していくのが心地よく、引き出されたタンの味わいとの融合もまた楽しい。
バズる塩麹タンは、映えるだけじゃない。旨いからこそバズるのだ。
文・写真:松浦達也