
この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回ご紹介するのは、前菜4種、赤身4種、ホルモン4種にレバー、締め、デザートまで含めて6,600円というお値打ち価格、荻窪の「ホルモンコウ」。
いい焼肉店にはそれぞれ継いできた「道」がある。荻窪の「ホルモンコウ」におけるその象徴と言えば、ほんのり甘辛いヤンニョムで白菜を和えた浅漬けキムチ(コッチョリ)だろうか。
やみつき待ったなしのこの味には覚えがある。赤坂「かぶん」のそれだ。
「キムチは『かぶん』の李(久和)さんに教えてもらったものをそのまま出してます。変えられません」
「ホルモン コウ」は荻窪駅北口のロータリー脇を入ったタウンセブンの隣、赤いらせん階段を上がった2階にある。店主は赤坂「かぶん」で8年間、修業を積んだ徳山京介さん。オープンしたのはまだコロナ禍の2022年8月だった。全43席は初めて店を持つには大きな物件だったが、お値段以上の肉と仕事が評判となって、いまや連日ぎゅうぎゅうの大賑わい。
本日の注文は「極みコース」。前菜4種、赤身4種、ホルモン4種にレバー、締め、デザートまでコミコミ6,600円という日替わり&お値打ちの十数皿だ。前回の「焼肉ここち本店」(高円寺)同様、この店でもコースを注文するのは初めて。何が出るかわからない肉ミステリーツアーは、肉の前から気持ちが高ぶる。
前菜はパリッパリのサラダとグッツグツで提供される真っ赤な煮込みから。
そしてこの日最初の肉はレバー(塩)。
この店にレバーは2種類ある。「本当はこのコースには『新鮮レバー』なんですけど、今日は『不揃いレバー』のほうしかなくて、その分少し量を増やしておいたのでご勘弁ください」とは、なんとも嬉しいお申し出!
訪れたのは月曜日。月曜にレバーが旨い店は、いい店だ。日曜日には“と畜”が行われないため、月曜の在庫は2~3日前にと畜したものが多い。だが、鮮度のいいレバーを扱う店なら、仕入れた初日より2日目の方が味や香りが乗ったりもする。そしてレバー好きにとっては形のいいものより、不揃いなもののほうが、加熱したときに味わいが強い気がして好ましい。ごま油でコーティングして何度も返したり、皿に取って休ませたりしながらゆっくり温度を上げていく。
この店の内臓肉は芝浦の名内臓卸のもの。若い店にとって内臓肉との新規取引は難しいが、徳山さんは足繁く通ううちに少しずつ卸してもらえるようになったという。
そしてここから肉本番だ!赤身の一皿目は和牛ハラミとUS牛タン(塩)の盛り合わせ。流通としてはどちらも内蔵扱いだが、筋組成としては横紋筋の赤身肉。超希少な和牛ハラミが、厚切りで6,600円のコースに盛り込まれている。タンは国産牛かと見紛いそうな美しさ。「USは少し香りがきついものもあるので、皮はかなり厚くトリミングしている」という。
「独特の風味や香りも味のうち。洗いを入れるホルモン(小腸)やシマチョウ(大腸)も洗いすぎて、味や香りが抜けてしまわないよう気をつけています」
タンは表面に焼き目をガッチリつけ、メイラード反応の香ばしさでマスキングした上で、内部から強く跳ね返すような弾力が生まれるまで焼き込む。タンとハラミは、ザクザク食感が楽しい焼肉界のツートップ。噛むほどに肉の繊維の間から味が膨らんでいく。
続けて提供されたのはサガリとロースのタレ盛り合わせ。ロースなどの正肉は「A4からA3の間くらいで、量を食べても重くなりにくいもの」を選んでもらっているという。ロースはトングで引きずるように両面をサッと炙り、サガリはセンターの中火で何度も返しながらタレづけして味を塗り重ねていく。つるんとした柔らかさも備えつつ、ハラミにも似た弾力をロースター上で引き出していく。
ここで肉は折り返し。前半の肉が好みすぎて、こっそり後半の期待値を自制しようとしたが、ほどなくそんな浅知恵は杞憂だったことを思い知らされる。
次なる皿はツラミとテール!思わず「マジで!?」と声を上げてしまった。どちらも肉の繊維感と味が濃厚な大好物。とりわけテールは骨の形と肉のつき 方が複雑で、焼肉用に肉を切り出すのが面倒な構造になっていて、その手間を厭わず切り出してくれる店には本当に頭が下がる。
ともに前皿のサガリ同様、食肉市場においては内蔵肉扱いだが、”よく焼き”で香りは膨らみ、味も伸びやかになる。ツラミのコラーゲンのコク味も、テールの肉漿の味の濃さも噛むほどに深みを増す。こんなに旨いと飲み物で流し込むのがもったいなくなるが、ビールやハイボールで一度リセットすると次なる一口がさらにおいしくなる。人生も焼肉も決断するタイミングが大切だ。
この日のコース肉の最後はヤンとギアラ。ヤンは2番目の胃(ハチノス)と3番目の胃(センマイ)のつなぎ目。貝のようなサクッとした食感と爽快な旨味が特徴で一頭から100g程度しか取れないと言われる正真正銘の希少な部位だ。もうひとつのギアラは4番目の胃。牛の消化管系ではもっとも味が濃厚で、ぷっくりとなるまで焼けば心地いい食感と濃醇な旨みが口から身体全体へと伝わっていく。
締めはとろりと煮込まれた牛すじカレーか、ほんのりかんすい香る喉越しいい冷麺か……と迷った挙げ句、ついつい「今日食べていないおすすめがあれば追加したい」と聞かれてもいない相談を持ちかけてしまった。
するとシンタマの角切りをミディアムレアに焼き上げ、熱したにんにくバターに浸けるという一品が差し出された!にんにくバターの豊潤な香りが赤身肉のやわらかい身質にしみた角切り肉のパワフルな多幸感に、(迷いながらも)発注した自分を褒めちぎりたくなる。
文・写真:松浦達也