刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
風味が凝縮!「イカの一夜干し」

風味が凝縮!「イカの一夜干し」

太平洋側では、からりと晴れた日が増える冬。関東や中部などの温暖な地域なら、腐敗を気にせず、安心して干物づくりを楽しめる季節だ。伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに、今回はしっとり干し上げるイカの一夜干しを教えてもらった。イカは塩水に漬けずさっとくぐらせるだけでいいし、焼くのも簡単。初心者にもお薦めだ。

安心して天日干しができる季節の到来!

寒さを嬉しく感じるようになった。近年の長くて暑すぎる夏の反動ではない。高温での魚の酸化や腐敗を気にせず、思う存分に干物づくりを楽しめる季節だからだ。
好きな魚をさばいて塩を振ったり味醂醤油に浸したりしてからベランダで干す。完成して焼いて食べる瞬間だけでなく、天日と風の力で少しずつ乾いて旨味が凝縮しているのを感じられるのがいい。冬が来た!という風情が漂い、季節感のある男になれた気分にもなる。

特に憧れるのが「イカの一夜干し」だ。個人的にイカが大好きなのもあるけれど、「一夜干し」という言葉の響きが好きだな。三好達治風にイメージすると、太郎の屋根に雪が降り積もって太郎を眠らせている間に美味しい干物が出来上がっている。あ、雪が降るような夜だと凍ってしまうので外では干せないか……。でも、普通に寒い夜ならば、熱帯夜と違って僕も安心して眠って朝を迎えられる。

表面が乾いたらOK。生っぽさと凝縮した旨味を同時に楽しむ

イカをさばいて塩分濃度3パーセントの塩水にさっとくぐらせる工程は前回記事で紹介した。

前回は脱水シートで冷蔵庫干しにしたけれど、今回は外で堂々と干したい。
「生干しにしましょう。保存食であるスルメとは違う味わいです。ポイントは干し過ぎないこと。表面が乾いたら完成です」
我らが干物師匠・「島源商店」の内田清隆さんがいつものように簡潔に要点を伝えてくれる。なるほど、イカの干物=スルメではないのだ。刺身でも食べられるような鮮度のイカを干物にする場合、カリカリに干したらもったいない。生っぽさと凝縮した旨味を同時に楽しもう。

イカ
干す様子

イカのエンペラ付近がくるんと丸まってしまうと乾きにくくなる。内田さんは爪楊枝を刺して広げておくことを教えてくれた。こうしておけば風に当たる面積が広くなり、効率良くまんべんなく乾かすことができる。

口の中がイカの旨味だらけに!どんなイカ料理よりもイカの風味を味わえる

夜に干すメリットは、ゆっくり乾くのでしっとり仕上げられることだ。

「干し時間は夜風の強さ、魚の大きさによって変わりますが、8~10時間が目安です。日が出ると乾くスピードが一気に早くなるので、朝日が出たタイミングで干物を取り込めると理想的ですね。風が強い日は、風が当たりにくい場所を選んで干すなど、調整してみてください」と内田さん。

この日は時間短縮のために一夜干しではなく天日干しに。気温が高く、日差しも風もあったので、ほんの1時間ほどで表面の皮はサラリと乾いた。指で押すと、生々しい弾力を感じる。僕好みの生干しだと判断して引き上げた。

イカ

内田さんによれば、イカを焼くのはとても簡単だ。
「食べやすい大きさに切り分けて火にかけ、片面が焼けて反り返ってきたらひっくり返しください。もう片面も軽く焼いたら出来上がりです」

イカを焼く
イカを焼く
イカを焼く

焼きたてを食べてみると、口の中がイカの旨味だらけになった。イカらしいむにゅっとした食感も楽しめる。どんなイカ料理よりもイカの風味を味わえると断言できる。だから、塩は甘めがいいのだ。
「伊東のバーベキューは魚介を焼くのが定番です。特にイカは人気ですね」
肉や野菜が中心になりがちなバーベキュー。自家製のイカの一夜干しを持参したらみなに喜ばれるに違いない。

イカの一夜干し
【大宮冬洋の干物日記】鮮度が良すぎる魚は干物に向かない!?
○月△日
刺身より旨い干物をつくる!という目標を掲げて精進している。しかし、プリプリの食感を刺身で楽しむような鮮度抜群の魚は干物には向かないことがわかってきた。内田さんによると、鮮度が良すぎる大きな魚は、塩水に一日中浸けても塩が身に入らなかったりするのだ。身が崩れていない分だけ塩水に接する面積も少なくなり、浸透圧の効果も得にくくなる。

「たくさん獲れた魚をまずは刺身や塩焼きで味わい、食べ飽きてきたら干して保存性を高める。これが干物の基本だと思います」
プロの内田さんが一番困るのは仕入れができないこと。例えば、2024年はイカが不漁で高騰してしまった。干物専門店としては品揃えに入れないわけにはいかないので苦労したようだ。

「逆に、イワシやサンマは豊漁でした。アジもかなり戻ってきましたね」
僕たち一般家庭ではそのときに手に入りやすい魚介類をなるべく買って食べることを心がければいいのだ。それは財布にも優しいし、豊漁の魚を捨てずに有効活用することにもつながる。

三河湾沿いに住む僕の場合は、潮干狩り用のアサリを荒らして漁師を困らせているアカエイが狙い目かな。さっそくエイヒレ作りに挑戦中(写真のものは生乾きで大失敗……)。上手に自作できるようになれば酒飲みの友人へのプレゼントにできそうだ。

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。