刺身より旨い干物をつくる!〜「島源商店」干物修業体験記〜
旬の夏につくろう!上品で味が濃い白身「イサキの干物」は日本酒が止まらなくなる美味

旬の夏につくろう!上品で味が濃い白身「イサキの干物」は日本酒が止まらなくなる美味

伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに習う干物づくり、今回は晩春~初秋に旬を迎えるイサキ。品のよさと濃厚な味わいを兼ね備えた人気の白身魚だ。身が柔らかいので、特に解凍品を使う場合は迷わず一気に包丁を入れることが肝心です。

今日の干物テーマは梅雨イサキ!天然の魚で季節の移ろいを感じる

気候変動で食べ物の旬がおかしくなった、とよく聞く。それでも、野菜や魚から四季の移り変わりを感じるのが日本人だ。この時期に食べたい魚の一つがイサキ。スズキと並び、初夏に美味しくなる魚とされてきた。身が柔らかく品のいい白身魚だが、磯魚らしい独特の香りもある。僕が干物を習っている「島源商店」が位置する静岡県伊東市の近海でも多く獲れる。
「梅雨イサキという言葉がありますね。でも、本当は梅雨が明けてからのほうが美味しくなる、という人もいます。味の好みもあるのでいろいろです。4月下旬から9月までが旬だと考えておけば間違いないと思います」
伊東の魚と干物のことなら何でも答えてくれるのが我らが干物師匠の内田清隆さん。沼津港で水揚げされたという30センチほどのイサキを用意してくれた。さっそく腹開きにして干物にしよう!

1切り目を入れる

魚を縦に置く。包丁の先端でえらぶたを広げ、その付け根から尾まで切れ目を入れる。

切り目を入れる
切り目を入れる

2内臓を取り除く

手で腹を広げ、包丁の刃先でエラと内臓をかき出す。

内臓を取り除く
内臓を取り除く

3洗う

ハブラシを使って身の内側をよく洗う。

洗う

4身を切り開く

中骨に沿って、腹から尾まで包丁を入れる。このとき、背骨の向こう側まで刃を入れるようにする。もう一度、同じように包丁を入れ、身を開く。

身を切り開く
身を切り開く
身を切り開く

5頭を割る

頭を手前に向けて魚を置き直す。包丁の刃元を使って頭を割り、開く。

頭を割る
頭を割る

包丁使いのコツは「迷わない」こと。失敗を恐れずにズバッとやろう

難所は工程4。解凍したイサキを使っていることもあり、包丁を恐る恐る入れていると身がボロボロになってしまう。
「迷わずに包丁を入れるのがコツです」
島源商店スタッフの鈴木●●さんが背中を押してくれた。失敗を恐れていると上達しない、と言いたいのだろう。よし、わかった。エイッ!
思い切りズバッとやったら今度は背中の一部を包丁が貫通してしまった。ただし、中骨に沿ってキレイに開けて、身も崩れていない。繰り返していれば僕もいつか一発で美しく開けるようになるだろう。

そんな僕たちを傍らで見ていた内田さんは魚の状態と使い方、漁などで臨機応変な判断を下すことを教えてくれた。
「新鮮な一匹を3枚におろして刺身にするときと、冷凍の魚を解凍して干物をつくるときではさばき方が違います。このイサキはのんびりやっているとグチャグチャになってしまいます。ウロコは取らずに進めましょう」

白身魚は塩が入りやすく、乾かし過ぎると薄く固くなる

白身魚は塩が入りやすい。解凍のものだとなおさらなので、塩分濃度は8%で浸水時間は12分間で済ませた。

浸水

引き上げたら水洗いして拭き、表面をなでつけてから干す。ここで内田さんから指導が入った。
「白身魚は干すときも注意してください。ふっくらと仕上げたいのに乾かし過ぎると身が薄くなってガチガチになってしまうからです」
何事も頃合いが重要なのだ。僕は飲食店などで店員が忙しいときに注文を頼んだりして、「あなたは間が悪い」と妻から指摘されている。干物づくりから良きタイミングを学びたい。

干す

この日は風がほとんどなかったので、海に面して遮るものがない島源商店の屋上でも乾きが悪かった。2時間半ほど干して完成。さあ、皮目からしっかり焼いて食べよう!

イサキの干物
焼く

強い旨味を感じるイサキの干物。干物用の日本酒を合わせたら相性バッチリ!

このイサキは脂少なめでさっぱりしているが味は強い。干物にすることで旨味がさらに凝縮され、いかにも夏の魚という雰囲気がする。嬉しいなあ。酒はどうしようかな。前回のカマスの干物は「磯自慢 本醸造」と合わせたが、こちらには同じく静岡の酒、白隠正宗の純米酒「ヒモノラ」を。

イサキの干物

一口で僕は感嘆の声をあげてしまった。イサキのどっしりとした味わいをヒモノラが余すところなく受け止めてくれている……!こんなに相性のいい組み合わせはそうそうないぞと興奮した。ちなみにヒモノラはその名の通り干物に合わせることをイメージして開発された銘柄で、常温で飲むと真価がわかる。
「個性的だけど飾り気のない自営業の夫婦が仲良く寄り添っている感じですね!」
日本酒好きの担当編集者・藤岡郷子さんが今回も妄想を膨らませている。確かに、パジャマ姿での晩酌に登場してほしいような自然体の美味しさだった。

大宮冬洋の干物日記
【大宮冬洋の干物日記】獲れたてのスズキが一匹4,000円。高い?安い?
○月△日

当たり前だけど、干物づくりには原料が要る。僕は愛知県蒲郡市の海辺に住んでいるので、できれば地魚を手に入れたい。頼りになるのは近所の小さな漁港で小型定置網漁をやっている漁師たちだ。朝6時台に電話がかかってくると9割以上の確率で漁師なので、電話を取る前から「今日は何が網にかかったんだろう」とワクワクする。
「大宮くん、おはよう。寝とったか?スズキが1本あるけれど、いるか?」
この日の獲物はスズキ1匹だけだったらしい。ただし、60センチ以下のものはまとめて「セイゴ」と呼んでいるので、大きさには期待できる。
港に行くと、漁師が網に入れてスズキを陸に上げてくれた。黒っぽい銀色だが、太陽光に反射するのか時々黄金色に輝く。網の中でも暴れるので1日も経つと弱ってウロコが剥げたりするけれど、さきほど網にかかったばかりのこの魚はウロコがびっしりと揃っているし丸々と太っている。もちろん、買わせてもらいます。
「4,000円だけど、いいか?」
漁師がちょっと遠慮がちに価格を提示。正直に言えば、僕は3,000円と見込んでいた。漁協とつながっている鮮魚店などでもこれぐらいのサイズのスズキが4,000円前後で売っているからだ。
でも、僕は必ず漁師の言い値で買うことに決めている。体をはって魚を獲って来てくれているのは彼らだし、大漁のときは激安で分けてくれたりするので、漁獲が少ないときはそれなりに協力しなければならない。
僕は食べもの好きのご近所を巻き込んで「鮮魚部」という共同購入のゆるい仕組みをつくっている。このスズキは大きめのサクを1つ500円、頭とかまを切り分けたあらを1つ100円と値付け。4世帯が応じてくれて売り上げは3,700円。残った半身弱は僕が好きなように使える。魚をさばくことを覚えられて、漁師を含むご近所付き合いを楽しめて、2日分ぐらいのおかずが手に入って300円。安いものだと思った。

教える人

内田清隆(「島源商店」専務)

1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。

島源商店
住所:静岡県伊東市松原本町4‐8
TEL:0557‐37‐2968
http://www.shimagen.com/index.html
※明治30年創業の干物店。卸が中心だが、店頭でも購入可能。

文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎

大宮 冬洋

大宮 冬洋 (ライター)

1976年生まれ。埼玉県所沢市出身。2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。潮干狩りの浜も深海魚漁の港もある町で魚介類に親しむようになる。現在は蒲郡と東京・門前仲町の2拠点生活を送る。インタビュー記事なのに自分も顔を出す「インタビューエッセイ」が得意。関心分野は人間関係と食。自分や読者の好きな飲食店での交流宴会「スナック大宮(https://omiyatoyo.com/snack_omiya)」を東京・大阪・愛知などのどこかで毎月開催中。著書に『人は死ぬまで結婚できる』(講談社+α新書)などがある。