とある不思議なカレーレシピ本を読んだ松尾さんは、その著者のつくるカレーをどうしても食べたくなり秩父へと赴きました。そこで味わった自然を感じる一皿とは――。
「独歩ちゃんの山ごもりレシピ日記・秋 足りなさを味わう」という、不思議なスパイス料理のレシピ本を読んで、どうしても「独歩ちゃんの野外体験型カレー」が食べたくなり、休みを利用して日帰りで秩父まで足を伸ばす気になった。
東京などで、十代の頃からさまざまな料理の修行・研究をして独立した末に、秩父の横瀬町の古民家を改装して「山猫山荘むーにゃん」という看板を出しておられるが、通常営業をしているわけではない様子だ。
イベント的に野外イベントを催したり、出張でカレーなどの料理を提供しに行ったりということを不定期にやっていて、「食べたい」という人がいてタイミングが合えばカレーを作ってくれるという、何とも商売気のないスタイルで、強い興味が湧いてうかがうことにしたのだった。
伝えられた駐車場所に行くと、別荘地のような細道の奥から、真っ赤なセーターを着た主・独歩ちゃんが出迎えてくれた。家屋はまだセルフリノベーションの最中だそうで、山暮らしの趣が満載の佇まいだった。
家の横の木を利用して手造りされたツリーハウスが、童心を掻き立てる。潜り込んだり、屋根の上の台に登ったりしてから屋内へ。その時点でもう「来てよかった」と実感するばかりだ。
ガラスの鍋には、かねてより準備してくれていたハーブの出汁を使ったハーブティーを出してくれた。杉の雄花の蕾と葉、熊笹、ひっつき虫(コセンダングサ)などを近くの山から摘んで来て、お湯に浸けてあるのだ。世界でここでしか飲めない和風のブレンドハーブティーを、ありがたくいただいているうちに何かが清められていく気がする。
今日はビリヤニを炊いてくれたようだ。ライスは黒鯛からとった出汁で茹で、最後は焚き火で野草と蒸しあげたビリヤニ、その名も『冬の野草と黒鯛の焚火リヤニ』である。野草の種類は、ハコベラ、カラスノエンドウ、タネツケバナ、セリ、ノビル、タンポポで、どれも街のスーパーマーケットで買えるようなものではない。独歩ちゃんが山から摘んで来たものなのだ。
一口目、ふんわりとした味わいに少しパンチが欲しくなる。ところが、噛んでいるうちに旨味が溢れてくるのが不思議だ。
プレートに盛られている副菜すべて地の物で、トッピングの可愛らしい松ぼっくりの赤ちゃんの苦味が素晴らしいアクセントになっている。芽キャベツも新鮮で、秩父やまこんにゃくもこの辺りの名産。ピリ辛に仕上げてあり、細長い雷こんにゃくのようで、意外だが黒鯛のビリヤニとすこぶる合う。柚子の煮物、鬼クルミ、ヤーコン、舞茸、絶妙の赤玉葱アチャールを合わせつつ、何杯でもおかわりをしたくなる。
味変用のカレーも付けてくれた。「森の出汁で炊いた洋梨のカレー」と名付けられたもので、森の出汁は前述のハーブティーである。もうひとつ、添えられたライタ(ヨーグルト)には切ったキウイフルーツが和えてある。
エディブルフラワー、赤ストック、白アリッサムなども合わせてどんどんおかわりをする。この自然の中で天然由来の物尽くしで作られたビリヤニやカレーを腹一杯食べて、美味いコーヒーを飲みつつ、近所で手作業によって抽出された4種類の蜂蜜など舐めつつ、自然と食についてのよもやま話をするすこぶる楽しい時間が過ぎていった。
関越道などで往路2時間半ほど、復路は渋滞もあって3時間半も費やしてしまったけれども、その甲斐があった。季節が変わった頃、再訪をしてみよう。
文・撮影:松尾貴史