仕事で鳥取を訪れた松尾さんは、ご当地カレーを味わえずして帰れないと、個性的なカレーを出すということで有名なお店を訪れました。そこはなんとも贅沢な空間で――。
朗読のワークショップに講師として招かれて、帰京する前に何としてもご当地の個性的なカレーを経験したいと、前日から予約を入れて楽しみにしつつ訪れた。
1時間に7人のみ、そして完全予約制の贅沢な空間なのだ。
開店の2、3分前に到着したが、これから営業が始まるとは思えない雰囲気で少し不安になった。しかし、窓から芳しいスパイスの香りが漏れ広がっていて、明らかに「もうすぐ開く」ことを確信。
本当に開店の11時00分ちょうどに迎え入れられた。カウンターのみで5席、順番に座って案内を待つ。
カウンター奥の壁には7列かける3段の正方形の棚があり、個性的なカレー皿が21種類飾られている。いや、飾られているだけではなくて、これから食べるカレーを盛る皿をその中から選ばせてもらえるのだ。重ねて、利き手を聞かれる。左利きと答えると、左利き用のスプーンを出してくださる。
この日のライスはスダチご飯だった。それも土鍋で炊いたものだ。少しお焦げの部分もあってこれは得をした雰囲気である。削り節や、熱海の「丸藤」のうるめぶしなど、食材が微に入り細に入り厳選されているのは言わずもがなだろうか。
スパイス角煮など、昼からワインが飲みたくなってしまうではないか。
チリホール、八角、カルダモンの香りと、白ネギの甘味とアゴだしの旨みが凝縮したチキンのカレー。ネギは、甘さがあるのにシャキシャキ感を楽しみつつ、焼いたものをキーマに乗せて合わせる妙味。生キクラゲとトマトのカレーは珍味で珍食感ながら素晴らしい加減。
キャベツのアチャールや、焦がした香ばしいクリスピー感のあるダル、冬瓜のピクルスというありそうでない逸品たちと遊び、踊りたくなる皿の上なのだ。
さらに何と、グラスシャンパンが出てきてしまった。痒い所に手が届く思いやりのおもてなしに参ったのひとことだ。
辛さは、後からパウダースパイスで調整するのではなく、オイルで辛味を抽出してから、食べながら辛味がじんわり追いかけてくるように工夫している。
ご主人は10年ほど前にスリランカへ行き、色々とヒントを得て持ち帰った。帰国後、福岡の名店「ヌワラエリア」で指導してもらったり、独学で探求を続けたという。また近くスリランカに行って研究を重ねる予定だとか。
相当なこだわり屋さんかと思えば、なかなか気さくな好青年のシェフだった。再訪はいつになるだろうか……。
文・撮影:松尾貴史