大阪呑める食堂
名物食堂の系譜に、独創性を加えて「力餅食堂 中崎店」

名物食堂の系譜に、独創性を加えて「力餅食堂 中崎店」

大阪・中崎町。天五中崎商店街にある食堂は、今日も地域の人たちの憩いの場になっている。ここは京阪神エリアで複数店舗を展開する「力餅食堂」の系列店。丼や麺、おはぎなどの定番はもちろん、主人の工夫が窺える料理の数々。さらには家族で営む温もりが、世代の垣根を越えた多くの客を魅了し続けている。

「ずっと続けてほしいから、通い続けんねん」

「力餅食堂」といえば、兵庫・京都・大阪を中心に展開する昔ながらの食堂だ。時代を遡ること明治22年(1889)。池田力造という人物が、兵庫県北部・豊岡市で開いた饅頭屋にルーツをもつ。数年後、閉店を余儀なくされた池口氏は、1895年に京都市内で再始動。「饅頭を売ったところ人気になり、大正末期からは麺物や丼も出す大衆食堂になったそうです」と、「力餅食堂 中崎店」の主人・尾上保和さんはにこやかな表情をみせる。

店頭ショーケース
紺色の暖簾には、交差させた杵と「力」の文字。力餅食堂の名物のひとつが、店頭で販売する、おはぎ(120円)や赤飯(パック大520円)。

力餅系列の特徴のひとつが暖簾分け制度だろう。8年以上、系列の店で働き、親方の信頼を得たら独立が許された。屋号や商標は同じだけれど、それぞれの店が個人経営だ。

尾上さん曰く「僕は60年前、兄貴が営んでいた食堂の手伝いを始めました」。その後、結婚を機に昭和52年(1977)、天五中崎商店街にて独立。奥様・英子さんがフロアを仕切り、娘の裕子さんと共に、家族で店を切り盛りする。

尾上さん
尾上さんは、兄が営んでいた「力餅食堂 萱島」で修業。奥様・英子さんは独身時代、大阪・平野区にある「力餅食堂」で、住み込みで働いていたという。
力餅系図
「力餅食堂」の暖簾分け店は、1980年後半のピーク時には180店舗に拡大。その後、店主の高齢化や時代の波を受けて、現在は約60店舗が存在する。(力餅連合会「100年のあゆみ」より)

品書きや著名人のサインがびっしり張り巡らされた店内。その見た目とは裏腹に静かな空気が漂い、客が麺を啜る音がBGMと化している。

平日のピークを過ぎた昼下がり、男性客がひとりテーブル席につく。近所の病院に通っているという相馬さんだ。「この店のお料理は、作っておられるご主人の人柄がにじみ出ているんです」と話し始めてくれた。
「常連さんの中には“中華そばネギ・焼豚多め”など、自分だけのカスタマイズをされる方も多くて。チェーン店ではまず、できないでしょう」と言いながら、注文を取りに来た英子さんに「きつねうどん、月見トッピングできますか? あっ、できればどんこ椎茸(干し椎茸の含め煮)も」。「もちろん、いけますよ~」と英子さんはいつだってにこやかだ。

きつねうどん

卵、どんこ椎茸入り。相馬さん特注のきつねうどんが運ばれてきた。まずだしをひと口、続いてやわやわの麺を一心不乱に啜る。

「まず、だしの自然な味わいが、よその店と比べると全く違う。そのだしがしっかり染みた分厚いお揚げも、唇でちぎれるくらい柔らかな麺も最高なんです」と相馬さんは幸せそう。「私はね、体調を崩してからというのも、ほかの店のうどんは食べられなくなりました。この店の、自然な味わいのうどんだけは、ずっと食べ続けらる」と目を細めていた。

厨房を忙しなく動き回る尾上さんに伝えると「本当にありがたいお言葉です。利尻昆布とカツオ節からだしをひき、うどん・そばのつゆ・丼の地に用いています。だしはウチの店の命ですし、長年来ていただいているお客さんが、この味をよう知っておられる。せやから、材料を減らしたり変えたりはしません」ときっぱり。

その厨房には、大きな石臼と杵が鎮座する。尾上さんはここで、餅をこしらえ、あんこを炊き、赤飯を蒸し上げる。さらには、オリジナルの麺に至るまで自店で仕込む。それについては、後ほど紹介することにしよう。

ビール2人
カツとじ

週末の「力餅食堂 中崎店」は、昼飲みを楽しむ常連客や、名物メニューを目当てに訪れる遠方客、家族連れ客の姿もあり、賑わいを見せる。

「週2のペースで通っていますね」と話すのは、近所でイタリア料理店を営む谷山さんと、濱田さん。ランチタイムを終え、ひと段落といった様子のふたり。「ウチらが座ると必ず、お母さんがビールを出してくれるんです」と手酌を楽しむ濱田さん。向かいの谷山さんは「今日のアテは、カツとじですわ。ふたりでつつき合い、飲みながら“何頼もうか~”と悩む時間が堪らないんです」。

海老天きつね

「お母さん、私はチャーシューラーメンで」。「僕はきつねうどん、海老天2本のせで」と谷山さんも自分好みのトッピング。食後は、おはぎを食べてほっこりするのがお決まりだとか。
麺をすすりながら、ふたりはこう話す。「この食堂がなくなったら、僕たちは行くとことがない。だから、通い続けるんです」と谷山さん。「歴史がつくり上げたこの空気感が大好きです。しかも、お母さんは暇さえあればテーブルを拭いているから、風情がある古い店なのにピッカピカ。綺麗なんですよね」。

そのテーブルの角の壁側はエッジが効いているが、通路側の角だけあえて削り、丸みをもたせている。「小さな子たちが頭ぶつけて怪我せぇへんように」との逸話を、英子さんがそっと教えてくれた。

テーブル角

この日は、どの席にも常連客が集っていた。「お母さんの人柄と、お父さんがつくる味に惚れていますよ」とは仲林さん姉弟。ご両親が旅立たれ、この食堂に家庭のぬくもりを感じているそうだ。

中林さん

細長いテーブル席を挟んだ向こうには、近所でアパレルの仕事に就く大吉ご夫妻とスタッフの小林さん。「早くて安くて美味しい。だから通い続けています、おはぎのテイクアウトは欠かせないよね」。食後は、隣客と立ち話なんか始まったりして、この食堂は近所の人たちの近状報告の場にもなっているようだ。

アパレル3人

入口すぐの席についた、ロバート・デ・ニーロ似のダンディな旦那は「今日は名古屋から来た友人と、昼前から天満で飲んでいて、ここが4軒目。お母ちゃんに会いにきてるようなもんや」といって、名物の「カレー皿うどん」を味わっている。「〆のつもりが、〆にはならへんわ」とビールのグラスをもつ手が止まらないようだ。

ロバートデニーロ

尾上さんが生み出したオリジナルメニューは数多あり、この「カレー皿うどん」もその一つ。「店の周りには外食チェーンやコンビニも多いさかい。丼と麺だけやない、ウチらしさを出さないとやって行かれへん」。

カレー皿うどん
カレー皿うどん500円。トッピングの卵は+50円。

そのうどんは、カレー粉を練り込んだ自家製。茹で上がった黄色い麺の上に、ルゥがたっぷり。「カレー好きのお客さんのために考えたんです」。汁気のないぽってりとしたルゥを麺に絡めて食べると、じつに濃厚。香味野菜のほんのりとした甘さに続き、シャープなスパイス感が追いかけてくる。黄身を崩して絡めれば程よくマイルドな味わいに。

いっぽうで「虎ざる」は、カレーとコーヒーの粉を練り込んだ、黄と黒の自家製麺を交互に並べた名物。阪神タイガースのファンが多い地だからこそ、お客さんの反応も上々だ。このように、尾上さん独自のメニューを求めてやってくるお客も多い。そんなアイディアマンの父のDNAを受け継いでいるのが、娘の裕子さんだろう。

品書き

丸っこい小さな字で書かれた「おつまみメニュー」は、裕子さんが考案。「お酒が好きな方には、焼豚、にしん棒煮、カツとじなど、店で仕込んでいるもので飲んでもらえたらいいなと思って」。ビール中瓶とおつまみをセットにした「お得なほろ酔いセット」も今では、左党の人気メニューに。

さらに「おはぎとコーヒーって合うんですよね」と、ランチが落ち着いた14時から、ハンドドリップ式のコーヒーも提供する。「力餅食堂」ならではの守るべき味づくりに、尾上さん家族は少しの新風を取り込んで。新旧の融合がじつに「力餅食堂 中崎店」らしい。

そんな裕子さんは「父に、私の本気の姿を見せるため」、9年前に会社を辞めてフルタイムで店を手伝い始めた。「跡を継ぎたいと思っているのですが、父にはいまだに反対されています(笑)」。「嬉しいことなんですけど、こんなに大変な商売を一人でやっていくのはオススメできへん」と、父と娘はいまだに平行線のまま。「せやけど、夫婦ふたりだけやったら、しんどかったと思います。彼女には助けられていますわ」と、尾上さん夫婦は嬉しそう。

3人

「この店がなくなったら、行くとこあらへん」という言葉を、多くの常連さんが口にしていた。これからも、中崎町のかけがえのない存在として、幅広い世代のお客さんに尊重されるに違いない。

店舗情報店舗情報

力餅食堂 中崎店
  • 【住所】大阪府大阪市北区中崎1‐9‐2
  • 【電話番号】06‐6372‐1458
  • 【営業時間】11:00~18:30
  • 【定休日】水曜
  • 【アクセス】大阪メトロ谷町線中崎町駅から徒歩2分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。