大阪呑める食堂
創業65年、おしどり夫婦が支える大衆食堂「よしのや」

創業65年、おしどり夫婦が支える大衆食堂「よしのや」

店先から中の様子を窺うことができず、いささか入りにくい。しかし看板に目をやると、「ランチセットは、オールタイム」と書かれた傍に、1,000円でお釣りがくるセットメニューが2種。ふと立ち止まり、冬の風にゆらめく暖簾をくぐれば、気さくな夫婦が出迎えてくれる。

「値上がりしても安いし、毎日食べたい味やねん」

外観

JR大正駅前にある「よしのや」は、この地で65年目を迎える。並びにある食堂チェーン店を物ともせず、半世紀以上にわたり、地元で愛され続けている大衆食堂だ。

「僕の母が鹿児島から来阪し、住み込みで働いていたこの食堂を譲り受けたんです」とにこやかに話すのは、店主・森 浩教さん。調理を一人でこなし、溌剌とした雰囲気の奥様・美雪さんが浩教さんのサポートをしながら、フロアを仕切る。

おかず

ガラスの棚には常時、10種のおかずが並ぶ。焼魚、赤魚など旬魚の煮付け、野菜の炊いたんや炒め物、玉子焼きに、フライ盛り合わせ。天ぷらに至っては、エビやイカ、かき揚げに至るまで7種盛り!

おかず

システムは至って明瞭。ショーケースに並ぶおかずを1皿選べば、ご飯・味噌汁付きで650円。おかずが2皿であれば800円。もちろん、呑んで食べたいお客は、単品注文も可能だ。
「自分が食べてうまい!と思える料理を。ただそれだけですよ」と浩教さんは微笑む。

その隣で「いらしゃ〜い。毎度です」と、美雪さんの声が響く。
昼のピークが落ち着いたタイミングにやってきた男性客は、「めし、小の小で」と言い放ち、ショーケースの中のおかずを物色している。

ランチセット
ランチセット800円。好きなおかず2皿に、ご飯と味噌汁、漬物と冷奴がつく。プラス50円で、ご飯を大盛りにできるし、味噌汁を、とん汁かそうめん汁、玉子汁のどれかに変更もできる。

「今日は、玉子焼きと、野菜炒めやな」と話す男性は、近所で輸入玩具の会社を営む藤井龍幸さん。先日、ロサンゼルスから帰国したばかりらしく「この食堂へ来ると、ホッとするんですわ」と藤井さんは嬉しそう。
「おかずは、どれも味付けが優しい。せやから、体に負担がかからへんし、毎日食べたくなるんや」。

藤井さん

週に3〜4回は訪れるという藤井さん。曰く「麺物も旨いわ。出汁がめちゃくちゃえぇ。びっくりすんで」。
ランチセットじゃない日は、そばと木葉丼を組み合わせて頼むことも多いという。
「昼のせわしない時に、麺物や丼を頼むんは申し訳ない、と思いつつ、機嫌ようやってくれるから嬉しいんですわ」。

そば

藤井さんおすすめの「そば」は350円。昆布だしをベースに、イワシ・サバ・カツオの混合節を加え、ざらめと薄口醤油を加えている。香り高く、優しい旨味と甘味がじわりと広がる。
「この出汁を初めて飲んだ時に、“ここの食堂の常連になろう”と決めたんや」と藤井さん。「どの料理を食べても、丁寧な下ごしらえがなされているなと分かる」。語りが熱い藤井さんは、まさに「よしのや」の応援団長。

「嬉しいですね。いつもは、忙しなく動き回っていて、お客さんとゆっくりお話しすることもないので、ほんまに嬉しいです」と、美雪さんと浩教さんにも笑みが溢れた。

外観

「よしのや」がある大阪市・大正区は、三方を川や運河に囲まれ、臨海工業地帯として発展してきた。
約50年間にわたる土地区画整理事業が完了したのは1994年のこと。「あの頃、この界隈の飲食店といえば、ウチと居酒屋「よあけ」さんくらいやった。せやから昼も夜も、肉体労働のお客さんに来ていただけて大忙し。独り勝ち状態やったなぁ」と当時を懐かしむ浩教さん。

1997年に、大阪ドーム(現:京セラドーム大阪)が隣町・西区に誕生したことがきっかけで、「よしのや」の界隈には飲食店が急増。
だから、客足がグッと減った時期もあったが、今では、新たなお客さんもついてきている。
「男性ひとり客が仕事の合間にやってくることが多いね。ドームでライヴがある前の腹ごしらえに来てくださる方も。あと、食堂好きの方がYouTubeやSNSにあげてくれたり。勝手に宣伝してもらえるから、ありがたいですよ」と美雪さんは目を細める。

ランチセット

この日、初めて「よしのや」を訪れたという若者は、アパレルの仕事に就く古賀浩一さんと、緒方穂のかさん。「古い食堂を巡るのが好きなんです。今日は休みだから、昼呑みを目当てに来ました」とふたり。
ランチセットのお供に……と古賀さんは、「ハイボールください」。

「あいよ、ハイボールね」と美雪さんは、冷凍庫からキンキンに冷やしたウイスキーを取り出し、錫のグラスに注ぎ、炭酸水を加えてステアする。スライスしたレモンを添えた一杯が、370円という値打ち。
「値上げしたいんやけど……。料理を少し値上げさせてもらったから、お酒までは上げられなくて」と苦笑する。

古賀浩一さんと、緒方穂のかさん

「美味しい。昼から最高です」と、古賀さんは幸せそうな表情を見せながら、「料理はどれも、なんか懐かしくて。実家に帰ってきたような気分になります」と締めくくってくれた。

浩教さん

「若い子達からそんな言葉が聞けるとは、嬉しいね。和洋中、できるものは何でも作りますよ」と、浩教さん。

その隣で美雪さんが付け加える。「オムライスは、昔、お母ちゃんが作ってくれたようなぺちゃんこ型やし。あっ、うちの麻婆豆腐はちょっと独特かもしれへんね」と。

麻婆豆腐

浩教さんが作ってくれた麻婆豆腐は、確かに独特!
合い挽き肉は使わず、代わりに細かく刻んだ豚バラ肉が入り、鶏がらスープの旨みと豆板醤の辛味、粉山椒の香りを利かせたすっきりとした味わい。
フルフルと蕩ける豆腐やジューシーな豚バラ肉が、絶好のつまみと化し、ハイボールがスイスイ進んだ。

厨房で、次の調理に取りかかりながら、浩教さんはこう話す。
「夫婦で細々とやっているからできるんですわ。家賃も人件費もいらんしな」。
先代のお母さんは83歳まで、鍋を振っていたらしい。「僕らも母みたいに、生涯現役になってしまいそうやな」と二人して笑う。

浩教さんと美雪さん

真新しいものはない。だけど、いつもと変わらない味と、過ぎ去った時代を懐かしむような空気、帰ってきたくなる温もりが、この店にはある。

店舗情報店舗情報

よしのや
  • 【住所】大阪市大正区三軒家西1‐16‐17
  • 【電話番号】06‐6553‐3489
  • 【営業時間】11:20〜20:00頃
  • 【定休日】土・日曜、祝日
  • 【アクセス】JR環状線・大阪メトロ長堀鶴見緑地線大正駅から徒歩2分

文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾

船井 香緒里

船井 香緒里 (フードライター)

福井県小浜市出身、大阪在住。塗箸製造メーカー2代目の父と、老舗鯖専門店が実家の母を両親に持つ、酒と酒場をこよなく愛するヘベレケ・ライター。料理専門誌やカルチャー誌、ウェブなどの編集・執筆を行う。食の取り寄せサイトや飲食店舗などのキュレーションを手がけるなど、食を軸としながら縦横無尽に展開。暴飲暴食を日課とし、ジョギングとロードバイクにて健康維持。「Kaorin@フードライターのヘベレケ日記」で日々の食ネタ発信中。