新代田にあるカレー店を訪れた松尾さん。元「流しのカレー屋」だった店主がつくる、美しい一杯とは――。
10年ほど前だろうか、関西で「流しのカレー屋」と呼ばれる、阿部由希奈さんという涼やかな美人がいることを知った。その後東京に移り、ご自身のカレーだけでなく、他のカレー店でもスタッフとして活躍なさっていた。
流しのカレー屋とは、固定の店舗を構えずに間借り営業やイベント出店をしてカレーを販売している形をそう呼ぶのだが、最近ではお馴染みとなった感がある。
その阿部さんが、5年ほど前の夏、京王井の頭線「新代田」駅から徒歩約5分のところに、「kitchen and CURRY(キッチンアンドカリー)」を開店させた。
すぐさま大変な人気店となり、今は記帳制になっている。しかし、カレーが食べられるのは「営業日」ではなく「キッチン開放日」と呼ばれていて、あくまでもキッチンがメインで、そこを開放してカレーを提供しているというちょっとした非日常感がまた食欲をそそるではないか。
複数の契約農家から届く季節の野菜、果物をふんだんに使い、肉や魚などとマッチングして日替わり、週替わりでさまざまなカレーを出してくれるので、飽きることはないどころか、回を重ねるほど次が楽しみになる。きっと、レシピはもう数百に達するのではないかと想像する。
初期の頃は週2日の「開放日」だったが、現在は水~日曜日の週5日に増えたことは、ファンとしてはありがたいばかりだ。
今回は、いつもは3種類のカレーが、もう一種類増えて、4種のあいがけをいただくことができた。
菜の花とエビの豆乳カレーは、優しさの中に海の香りと春のほのかな苦味がきいている。ごぼうとビーフのカレーは、牛蒡の素朴な土の香りとビーフの旨味が絶妙に調和する。発酵白菜のラッサムは、南インド風の辛さに爽やかな酸味に気分が高揚する。そしてもう一種、八朔とサグのカレーで、こちらは目から鱗、柑橘の酸味が菜の花(サグ)と共に春らしさを運んでくる。
この4種に、ハリッサ(北アフリカのチュニジアで多用される唐辛子のきいたペースト状の調味料で、スパイスなどで個性が出る)をトッピングしていただいた。
いつもながらに美しい盛り付けで食が進む。4方向からライスと合わせつつ変化を楽しむうち、あっという間に平らげた。
阿部さんはいくつものレシピ本をものしていて、キッチンを活用して日々カレーレシピの研究に余念がないそうだ。
文・撮影:松尾貴史