明治から続く、歴史ある大阪のカレー店を訪れた松尾貴史さん。若い時から何度も通っているので、来るたびに郷愁を誘うとのこと。歴史を感じる大阪の「名物カレー」のお味とは――。
「名物に美味い物なし」というニヒルな諺があるが、もちろんそんなはずはない。この店の名物は、その名も「名物カレー」という。
あの織田作之助が、名作「夫婦善哉」の構想を練るために難波、千日前、法善寺界隈に足繁く通っていた時、この自由軒に通い詰めたのだという。この、カレーとライスが満遍なく混ぜられて、生卵が乗せられている形は織田作之助の発案だという話も聞いたことがある。店内には、織田の写真と共に「虎は死んで皮を残し、織田作は死んでカレーライスを残す」と掲げられている。
二十代の頃、中島らもさんと来たのが初めてだった。40年近く前に来て「古!」と思ったのだから、今はさらに個人的なノスタルジーも相まって、何か「帰って来てしもた」風の思いが込み上がる。近くに演芸場があるので、お笑い芸人の写真やサインが店内の壁にひしめく。
コールスロー(180円)と名物カレー(800円)を頼んだ。しかし、注文を聞いてくれたおばちゃんは厨房に向かって「そうしましたら、キャベツ、インデアン!」と叫んでいた。「そうしましたら」とは何なのかわからないが、他のお客さんの注文を通すときも「そうしましたらAセット!」と言っていた。頭にこれをつける慣わしなのか、癖なのか。きっと、「注文通します!」「アテンションプリーズ!」という効果があるのかもしれない。
久しぶりに食べた名物は、郷愁を充満させてくれる。多くはないが、形の残った玉ねぎの甘みと、噛むとじんわり牛脂の旨みが広がる具材。懐かしい風味のカレーライスと大阪では当たり前の生卵を混ぜて混ぜていただく。関東では、カレーに玉子のトッピングと言えばゆで玉子か半熟玉子が定番だが、関西では生卵が主流なのだ。
テーブルには「四代目ソース」なるものが置かれている。おそらく、この店こそ、関西人がカレーにウスターソースをかける「インフルエンサー」だったのではないだろうか。ちなみに、関東においてのカレーの隠し味は醤油が主流だが、これもまた対照的で面白い。つまり、自由軒の生卵とウスターソースの二者は、関西黄金コンビなのである。
創業はなんと明治43年というから、五つの時代を重ねてもなお名物を守り続ける、まさに継続は力なり。ちなみに店名は、明治時代に湧いた自由民権運動からだという。「織田作死すともカレーは死なず」なのだ。
文・撮影:松尾貴史