「本当につくれるのかな?」の疑問符から始まった、「北軽井沢蒸留所」オリジナルのポットスチル導入計画。実現の陰には、いくつかのタイムリーで必然の出会いがあった。まるで、スピリッツの神様が粋な計らいを企ててくれたかのように――。
コンパクトなガラス製の卓上ハーブ蒸留器から、ステンレス製の蒸留釜や冷却槽、熱源をセットしたプロ仕様の大型装置まで。蒸留器専門メーカー「黄河」のホームページには、幅広い規模と形状の製品が並ぶ。北軽井沢蒸留所のポットスチルをフルオーダーで製作できる依頼先を求め、情報集めに奔走していたオーナーの坂本龍彦さんは、人伝てに「小ロット対応の蒸留器がつくれる九州のメーカーがある」と聞いて同社のサイトに行き着いた。2020年秋の頃である。
一見して「普通の会社じゃないなと思った」と坂本さん。そして、アロマオイル用のハーブ蒸留器が主力製品ではあるが、過去には焼酎用の蒸留装置も手掛けていたことを知る。ざわっとくる予感があった。
「その場でホームページの問い合わせフォームから、自分の“ポットスチル”計画を書いて送りました。銅とステンレスを合わせたポットスチルは見たことがないけど、ここならきっとつくってもらえるんじゃないか。直感でそう思ったので」
メールを受け取った「黄河」代表の川波宇澄さんの反応は、果たして心強い“YES”判定だった。
「調べてみると、確かにウイスキーのポットスチルはすべて銅製でつくるのが基本。その大きな理由は、銅には硫化臭を吸着する作用があり、結果的に蒸留液のオフフレーバー(異臭)を取り除いてくれるから。でも、吸着効果が大きいのは主に気体に対してであって、液体に対してはさほど影響がないのでは、と思いました。であれば、蒸留が行われるヘッドの部分だけ胴にすれば問題はないのでは。ウォッシュ(発酵液)の加熱を行うにポットの下部は、メンテナンスが楽なステンレスのほうがむしろ望ましいと思う。電話をかけて、すぐにそう伝えました」と川波さん。
あくまでも川波さんの仮説である。しかし、アロマ用の蒸留釜をいくつもつくってきた経験から、かなり確信に近い仮説でもあった。だいたい、そんな刺激的な仮説をめぐって議論できる相手など、そうそう現れるものではない。これは面白くなりそうだ。そう直感した川波さんは、次の東京出張の折に坂本さんの店へ会いに行く。
「直接話してすぐに、あ、この人とはフィーリングが合うな、と。オーナーズカスク構想にも共感できたし、ものづくりに対する考えとか興味のツボが一緒で、初めて会った気が全然しなかった。もともと自分もお酒好きなこともあって、お互いに『ぜひ、やろう!』と盛り上がりました」
川波さんが感じた「面白そう」には伏線がある。「黄河」という会社は、もともと父が興した焼酎製造用の甕を取り扱う輸入商社であり、酒造業とのかかわりが深い環境が身近にあった。一方、自身は大学で有機化学を専攻し、卒業後は群馬県の自動車メーカーに就職。開発エンジニアとして5年間勤務の後、30歳で家業を継ぐべく福岡に戻った経緯がある。
坂本さんがホームページで目にした焼酎用蒸留器は、川波さんがUターン後に新規事業のために開発した“作品”だった。タンクやアームの一部に陶器を使い、ステンレスと合体させた“甕蒸留器”は、焼酎ブームの中で画期的な設備として注目されこそすれ、事業としては失敗に終わっている。
その後に立ち上げたアロマ用の蒸溜器開発で「黄河」は順調に業績を伸ばし、現在では国内全都道府県、海外10カ国に取引先を拡大するほどに躍進。しかし、酒造用の蒸留器製作という未解決の宿題は、ずっと川波さんの内部でくすぶっていたのかもしれない。
「リベンジというわけではないけれど、銅とステンレスのハイブリッド型蒸留器をつくりたいとの相談を受けて、妄想がぐんぐん膨らんで(笑)。どんなものができるのかな?と単純に心が躍りました。不安がなかったといえば嘘になります。ウイスキーのポットスチルとなると規模も大きいし、設計はもちろん初めての経験。そもそもウイスキーはあまり飲まなくて、製法の知識すらほとんどゼロでしたから」
坂本さんの「ポットスチルはシンプルで美しくあるべき」との主張には、ものづくりにかかわる人間として全面的に共鳴できる。しかし、どんなアプローチが最良なのだろう?
2人で打ち合わせを重ねるようになって間もなく、たまたま別ルートの知人から耳寄りの情報が入ってきた。東京の下町、江戸川区平井に終戦後直後から一貫して“ヘラ絞り”という板金加工の技術を専門とし、その製品が世界トップレベルの評価を獲得している町工場があるというのだ。
ヘラ絞りとは、名前のとおり“ヘラ”と呼ばれる棒を回転する金属に押し当て、成形しながら製品に加工する鍛造技術のひとつ。噂に聞いた「髙橋鉸工業株式会社」は、ティンパニなどの楽器や照明器具、キャンプ用のコッヘルなど、デザイン性の高い工業製品でより真価を発揮するエキスパート集団であるという。
さっそく会社にコンタクトをとり、小さいヘッドを試作品としてつくってもらった。
「サンプルといえど何十万円もするものですよ。でも、坂本さんは二つ返事で『お願いしましょう』と。自分から提案しながら頭が下がりました」と川波さん。当意即妙の間合いで坂本さんが応える。
「こういうことは不思議といいタイミングで、みんなつながるものなんですよね。本当にラッキーだったと思います」
文:堀越典子 撮影:石井小太郎