
ウイスキー蒸留所は、ポットスチルという心臓部が備わって初めてスピリッツを生み出す聖域になる。「北軽井沢蒸留所」オーナーの坂本龍彦さんが思い焦がれたその光景が、ついに現実に。搬入から据付まで一連の作業をすべて自分たちの手で行うというが、さてどうなる!?手に汗握る1日をドキュメンタリー風に追ってみた。
2022年11月3日、文化の日。朝もやの中に木々の紅葉が浮かび上がる北軽井沢の蒸留所建設地。前月に竣工したばかりの真新しい建屋前に、福岡ナンバーの大型トラックが到着した。手塩にかけて製作した秘蔵のポットスチルを、新しい蒸留所に迎える日がやってきたのだ。
出迎えたのは、オーナーの坂本龍彦ら総勢12名の関係者たち。設計の川波宇澄さんとともに、製造担当の安谷啓二さん、今石毅さんの“チーム福岡”も遠路はるばる助っ人に参上。大阪から合流のボイラー事業者のほか、北軽井沢の仲介不動産会社、そのツテで知り合った電気工事会社や配管設備工事の担当者など、地元組の布陣も万全だ。
「蒸留所の未来のために、できるだけ近くの方々を巻き込んで長くお付き合いできる形をつくっていきたくて」と坂本さん。「電気屋さん、機械屋さんは地元の業者さんに依頼すると決めていました。皆さん、『こんなの専門外だよ』と言いながら、何かあると飛んできてくださる。ありがたいことだと思います」
この日の段取りは、搬入、組み上げ、据付を終え、設備・配管のチェックまでを想定。信頼を寄せる“チーム坂本”で一連の作業に取り組み、共に完成を見届けるのが坂本さんの本意である。ポットスチル構想の始まりからの道筋が、ずっとそうであったように。
ゴールを目指す長い1日が始まった。
9:30AM
安谷さんが運転するフォークリフトで、ポットスチルの胴体部分から搬入開始。しかし、ここでさっそく躓きが。フォークリフトの柱の長さが入口の高さに合わず、進入不可能なことが判明。スタッフ総出の人力で台車に載せ替え、内部へ。慎重に、恭しく運ばれるボイルポットが、神輿に載せて境内に納められる御神体のようにも見えてくる。
10:05AM
搬入したスチルを移動させる過程で、またまたひと悶着。台車の車輪が轍にはまり、動けなくなったのだ。周辺を探し回り、拾い集めた材木や石を梃子にして救出。脚台やコンデンサー(冷却槽)も次々に運び込む。
11:17AM
装置の組み立てに必要な足場の設置終了。問題は、コンデンサーを脚台上の高い位置まで持ち上げる方法について。「ロープを天井の梁に噛ませて吊るのがいい」「じゃあウインチ取ってこよう」「チェーンブロックも」と口々にアイデアを出し合うメンバー一同。
12:41PM
道具が揃い、吊り上げ作業開始。「せーの!」の掛け声でロープを投げるも、なかなか梁に掛からず。うまくいったと思いきや、滑り落ちてきて失敗。一斉に「あ~~~っ(沈)」の声が上がる。
13:26PM
全員の手で持ち上げながら、コンデンサーの設置を無事に完了。最大の難所クリアで「やりましたね~」の握手が交わされる。
14:00PM
昼食をとる間も惜しみ、ポットスチル(胴体)の据付へ。鎖を付けてウインチで起こし、脚台に設置。傍らでは、巡回に来た水道業者を相手に蒸留の仕組みと廃液の内容について根気よく説明するシーンも。
15:07PM
スチルヘッドの取り付け開始。ベルトを巻き付け、チェーンで引っ張り上げてボイルポット上にセット。坂本さんも足場に上り、3人がかりでビス打ちをしながら固定していく。「ラスト1個で~す!」の川波さんの声。
16:02PM
先端のネックとコンデンサーをラインアームでつなぎ終えるまで、さらに1時間ほどの作業。ようやく本日のミッションが終了した頃は、既に日が西に傾いていた。
組み上がったポットスチルを見上げながら、「いやぁ、凄いなあ。高さの迫力って、やっぱりありますね~」と感に堪えない口ぶりで坂本さんが呟く。
「他の蒸留所では、1階部分は隠れていて見えないところが多いから。すべてオープンのポットスチルは、すごく自分に合っている感じがするんですよね(笑)」
確信に満ちた言葉を聞いて、蒸留所の続きの物語がますます楽しみになってきた。
文:堀越典子 撮影:キッチンミノル