様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第十九回目は「マヨネーズビスケット」です。詳しいレシピも次回掲載します。
日本でビスケットというと、クッキーに近いものを連想しますが、アメリカではイギリスのスコーンに近いものを指します。ベーキングパウダーや重曹で膨らませるクイックブレッド(無発酵パン)で、コーンブレッドと並ぶ、アメリカ南部の代表的なクイックブレッドです。このアメリカ式のビスケットはその昔、カウボーイが野外で簡単につくれるように考案されたという説が残っています。
ひと口にビスケットといっても種類やつくり方はさまざま。小麦粉にラードやショートニングなどの油脂、バターミルク(生クリームからバターをとった後に残る液体)を混ぜてつくる「バターミルクビスケット」、天板にスプーンで生地を落として、ゴツゴツとした表面に焼き上げる姿が猫の頭に見える「キャットヘッドビスケット」など。なかでも最も手軽なのが、粉類と牛乳、マヨネーズだけでつくれる「マヨネーズビスケット(Mayonnaise Biscuit)」です。
「パンづくりにマヨネーズ!?と驚かれることでしょう。でも、よく考えてみるとマヨネーズの材料は卵、油脂、ビネガー(酢)。ビネガーの酸味は焼いている間に飛んでしまいますし、ベイキングの副材料をマヨネーズで代替するのはとても合理的。アメリカらしさを感じます」(原さん)。
実際、アメリカでは1900年代前半に市販のマヨネーズが流通するようになってから、サラダだけでなくベイキングの材料として広く使われているそう。
今でもアメリカ南部の家庭では朝、焼きたてのビスケットに牛乳でのばした白いソーセージ・グレイビーを添えた「ビスケット&グレイビー」が伝統的な朝食です。おふくろの味のようなものでボリュームたっぷり、一日の労働を支えるエネルギー源です。
こんがりと香ばしい焼き目、横にぱっくりと腹割れしたビスケットからは、ふわりと湯気が立ち上ります。口の中でホロホロと崩れ、ホームメイドならではの飽きのこない味わい。「お気に入りのジャムやメープルシロップをつけたりスープやサラダを添えて。ぜひ焼きたてを楽しんでください」(原さん)。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。著書に『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など。2023年9月に発売した新刊『アメリカ菓子図鑑 お菓子の由来と作り方』も好評。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介