様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第十五回目は「アンブロシア サラダ」です。詳しいレシピも次回掲載します。
ギリシャ神話に登場し、食べた者に不老不死を与えるという「アンブロシア(Ambrosia=神々の食べもの)」。その名を冠したアメリカのスイーツ、アンブロシア サラダの歴史は1800年代後半にまでさかのぼります。スイーツなのになぜネーミングが「サラダ」なのでしょう。
「アメリカでは野菜だけでなく、果物やゼリーなどでつくる甘いものも“サラダ”と呼ぶことがあります。甘いサラダは家庭料理の前菜や副菜、そしてデザートとして長く親しまれてきました」と原亜樹子さん。
「アンブロシア サラダはもともとオレンジと砂糖、ココナッツを重ねたシンプルなものでしたが、20世紀はじめにはパイナップルが加わり、20世紀半ばには、つくり手の好みのフルーツやナッツ、マシュマロ、生クリーム(※レシピではヨーグルトも使用)などが加わりました。時代や人々の嗜好の変化とともに、さまざまに進化してきたお菓子でもあるんです」(原さん)。
このお菓子で原さんが思い起こすのは、秋から冬にかけてのホリデーシーズン。感謝祭やクリスマスといった家族や親戚との集まりに、おばあちゃんがつくってくれるレトロな食べ物というイメージがあるそう。
さらに、アメリカで「ポットラック(Potluck)」と呼ばれる持ち寄りパーティにもよく登場します。料理、またはデザートをそれぞれが1品ずつ手づくりしてきてパーティをするのですが、アンブロシア サラダなら料理が苦手な人でも簡単に、早く、安く、大量につくれるのが魅力。その合理性・効率性ゆえに長く生き残ってきたお菓子ではないか、と原さんは言います。
「留学していた10代、20代の頃は、缶詰のフルーツやマシュマロを和えただけのこのサラダに魅力を感じず、いまいち手が伸びなかったのですが、最近はこのノスタルジックな味に愛おしさのようなものを感じていて、特に肌寒い季節になると食べたくなります」(原さん)。
「アンブロシア」という、今ではやや古臭く感じられるネーミングには、“楽しくて贅沢なご馳走”という当時の人々の想いが込められているよう。そこで、原さんはカラフルなフルーツを散りばめて見た目も華やかに。しかも、誰でも手軽につくりやすいよう缶詰を使ったレシピを紹介してくれました。旬のフレッシュなフルーツならば、さらに味わいが増すとのこと。また、マシュマロが意外な名脇役であることにも注目です!
「和えてから数時間~ひと晩寝かせることで、マシュマロがフルーツやヨーグルトの水分を吸って全体がゆるやかにまとまります。マシュマロ自体も、ふわっ、シュワッとした食感に変わるのも楽しいですよ。ぜひ試してみてくださいね」(原さん)。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。著書に『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など。2023年9月に発売した新刊『アメリカ菓子図鑑 お菓子の由来と作り方』も好評。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介