様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第九回目は「ズッキーニ・チェダーブレッド」です。詳しいレシピも次回掲載します。
家も庭も広いアメリカでは、バックヤード(裏庭)で趣味の野菜づくりを楽しむ人が少なくありません。週末には家族で庭や畑の手入れをしたり、お天気の日にはとれたての野菜でバーベキューを楽しむ光景もよく見られます。
「夏になると、留学時代にお世話になったホストマザーがズッキーニを育てていたことを懐かしく思い出します。ズッキーニは暑さに強く、手軽に栽培できて、成長も早いため多くの家庭で豊作になるのですが、すべてを食べきるのはなかなかに難しいミッション(笑)。今回ご紹介するズッキーニ・チェダーブレッド(Zucchini Cheddar Bread)は、ズッキーニの大量消費のために誕生したレシピだったという説があり、なるほどと納得しました」と原さん。
北米南部からメキシコにかけてが原産地といわれるズッキーニ。ヨーロッパで広まり、イタリア移民がアメリカに持ち込んだことで、全土で栽培されるようになりました。少々意外なのは、本来のズッキーニブレッドと呼ばれるものは、甘いものが主流だということ。
「スパイスを効かせた甘い生地にすりおろして加えたり、チョコレート風味に仕上げたりします。アメリカでは朝から甘いものを好んで食べるので、夏の朝食としてこれらが登場しますが、私のレシピは誰にでも食べやすい、セイボリー(塩気のある味)タイプのズッキーニブレッドをご紹介しています」(原さん)。
一般的に、すりおろしたズッキーニをそのまま生地に混ぜ込むことでしっとりした食感に仕上げることが多いそうですが、「このやり方では水っぽくなりがちです。特にセイボリータイプのブレットとは相性のよくない食感なので、私はあえて水気を絞ってから生地に混ぜ込んでいます」(原さん)。
さらに油脂はバターではなく植物油でしっとりとした食感に。アメリカでもっともポピュラーなチーズであるチェダーチーズをたっぷり入れて、暑い夏でも食欲がわくよう、塩気と胡椒をピリッと効かせています。弾けるクルミの香ばしさとズッキーニの自然な甘さが口の中に広がり、ついもう一切れと手が伸びるおいしさ。
「ふだんの朝食は冷凍品や買ったもので済ませていても、週末はクイックブレッドを焼いて楽しむ人もたくさんいます。夏の朝、オーブンからズッキーニ・チェダーブレッドを取り出すと、ダイニングがふわりと優しい香りに包まれます。サラダやスープにも合いますが、もっと気軽にフレッシュオレンジジュースとコーヒー、ミルクだけでも十分な満足感。穏やかな時間が流れるなか、焼きたてのブレッドをいただくと、素敵な1日を過ごせそうな気がします」(原さん)。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など著書多数。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介