いつの間にかメニューから姿を消してしまった“東華重”。「でももう一度食べたい!」樋口監督の想いは届くのか?「シン・ウルトラマン」、「シン・ゴジラ」など数々の日本映画を監督してきた樋口真嗣さんの、仕事現場で出会った“現場メシ”とは?
時は正確ゆえに、残酷に無慈悲に刻んでいきます。
全盛期――黄金時代を迎え、超えるといつしか穏やかな衰退に移行していきます。
もはやおばあちゃんの域に達した「東華飯店」のおばちゃん二人と話していると、まあお店を維持するのがいかに大変か、特に人手不足が深刻だと。そういえばお店手伝ってた絵里ちゃん(仮名)を見かけないけどどうしたの?
――俺と同い年で若い頃から一緒だったけど欧米の特撮にかぶれていて、とりわけジム・ヘンソンの「ダーククリスタル」が大好きで、返す刀で日本の特撮をバカにしていたのに、いざ仕事を始めたらよりにもよって舌鋒鋭く一番槍玉に上げてた操演部というパートに入って、そのままなんの因果かおそらく日本の特撮の頂点と思われる東宝の特撮作品、「ゴジラ対スペースゴジラ」「ゴジラ対デストロイア」という平成ゴジラシリーズの頂点に位置する作品で操演技師を務めることになったM君が絵里ちゃん(仮名)と同棲してるって噂だから、Mくんも老後は「東華飯店」を継ぐことになるから安泰ではないかと思ってたのに――
おばちゃんによると絵里ちゃん(仮名)はMくんと別れてお店をやめ、お見合いでお金持ちの奥さんになって、週末は歌舞伎鑑賞三昧だというのです。嗚呼、時は無慈悲なり。
おばちゃんもだんだんバイクで出前するのがたいへんになってきたので、出前をやめてから撮影所からの注文分がなくなって店頭分だけの売り上げに頼るようになると、撮影所からのオーダーではロースライスと二分するほどの人気だった東華重がメニューから消えました。
その理由第一位は「タレを作るのが大変なのよー。国産のニンニクでないとだめだけど、最近は外国産ばっかりだし、せっかくつくっても売れないとだめになっちゃうから勿体無いじゃない?他に転用も効かないし、だからやめたの」
ちなみに理由第二位は「お重は角まできちんと洗わなきゃいけないからめんどくさい」でした。
おばちゃんたちにも働き方改革でゆとりを持った暮らしをして欲しいですな。それほどまでに手間がかかったタレだからこそ午後も頑張っちゃえるエネルギーをガツンと注入してくれていたのですよ!
理由はわかった。あとはおばちゃんたちのモチベーションさえ上がれば実現可能な気がしてきたので、「東華飯店」に訪れた撮影所関係者に入れ替わり立ち替わり「東華重食べたいなぁ」とおばちゃんにお願いしつつ、春先の恒例行事、東宝特撮美術課のOBが集まってスタジオ内の桜を見る宴で大量発注するから、それに間に合うようにタレを作ってください!と先輩たちがみんな食べたがってるんですよー!(←そこまでは言ってない)となりふり構わず平身低頭で懇願です。
とにかく気まぐれなおばちゃんたちを監視すべく、週に二、三回は東華飯店に通い昼飯を食うふりしながら(食べてますが)進捗状況を監視……じゃない、確認して、その手間暇のかかるプロセスをつぶさに知ることができました。
これは真似できない。
そんな宝石のようなタレが完成に近づくと、試作品を頂く機会に恵まれました。お重の在庫もない(捨てちゃった)のでどんぶりでの供給でしたが、濃いめのタレに絡み合った肉の旨みと辛さが交互に攻めてくる連続攻撃は、「東華飯店」黄金時代の味。それはすなわち東宝特撮黄金時代の味でもありました。
おばちゃんはなんか違うと疑り深いのですが、これはタレが出来たてで、きっと落ち着いてきたらあの味になるよ!と根拠ゼロのくせに励まして、東宝のOB会用に巨大な東華重をおねがいしました。
みんなで取り分けできるように大皿に盛り付けるようにして25人前。先輩たちもかつての食欲を思い出したのか、ペロリと完食でした。
そして今では、壁に「東華」なる新メニューが掲示されるようになりました。
お重の器がないので平皿に盛り付けたので東華重から「重」を取ったそうです。
お重でなくても誰も文句言わないのにね。
味はまさしく東華重。レギュラーメニューに十数年ぶりに復活です。
「東華」だけだとなんだかわからないからみんなスルーしてまたおばちゃんタレを捨てちゃうかもしれないのでみんな頼んでね!
文・イラスト:樋口真嗣
時は正確ゆえに、残酷に無慈悲に刻んでいきます。
全盛期――黄金時代を迎え、超えるといつしか穏やかな衰退に移行していきます。
もはやおばあちゃんの域に達した「東華飯店」のおばちゃん二人と話していると、まあお店を維持するのがいかに大変か、特に人手不足が深刻だと。そういえばお店手伝ってた絵里ちゃん(仮名)を見かけないけどどうしたの?
――俺と同い年で若い頃から一緒だったけど欧米の特撮にかぶれていて、とりわけジム・ヘンソンの「ダーククリスタル」が大好きで、返す刀で日本の特撮をバカにしていたのに、いざ仕事を始めたらよりにもよって舌鋒鋭く一番槍玉に上げてた操演部というパートに入って、そのままなんの因果かおそらく日本の特撮の頂点と思われる東宝の特撮作品、「ゴジラ対スペースゴジラ」「ゴジラ対デストロイア」という平成ゴジラシリーズの頂点に位置する作品で操演技師を務めることになったM君が絵里ちゃん(仮名)と同棲してるって噂だから、Mくんも老後は「東華飯店」を継ぐことになるから安泰ではないかと思ってたのに――
おばちゃんによると絵里ちゃん(仮名)はMくんと別れてお店をやめ、お見合いでお金持ちの奥さんになって、週末は歌舞伎鑑賞三昧だというのです。嗚呼、時は無慈悲なり。
おばちゃんもだんだんバイクで出前するのがたいへんになってきたので、出前をやめてから撮影所からの注文分がなくなって店頭分だけの売り上げに頼るようになると、撮影所からのオーダーではロースライスと二分するほどの人気だった東華重がメニューから消えました。
その理由第一位は「タレを作るのが大変なのよー。国産のニンニクでないとだめだけど、最近は外国産ばっかりだし、せっかくつくっても売れないとだめになっちゃうから勿体無いじゃない?他に転用も効かないし、だからやめたの」
ちなみに理由第二位は「お重は角まできちんと洗わなきゃいけないからめんどくさい」でした。
おばちゃんたちにも働き方改革でゆとりを持った暮らしをして欲しいですな。それほどまでに手間がかかったタレだからこそ午後も頑張っちゃえるエネルギーをガツンと注入してくれていたのですよ!
理由はわかった。あとはおばちゃんたちのモチベーションさえ上がれば実現可能な気がしてきたので、「東華飯店」に訪れた撮影所関係者に入れ替わり立ち替わり「東華重食べたいなぁ」とおばちゃんにお願いしつつ、春先の恒例行事、東宝特撮美術課のOBが集まってスタジオ内の桜を見る宴で大量発注するから、それに間に合うようにタレを作ってください!と先輩たちがみんな食べたがってるんですよー!(←そこまでは言ってない)となりふり構わず平身低頭で懇願です。
とにかく気まぐれなおばちゃんたちを監視すべく、週に二、三回は東華飯店に通い昼飯を食うふりしながら(食べてますが)進捗状況を監視……じゃない、確認して、その手間暇のかかるプロセスをつぶさに知ることができました。
これは真似できない。
そんな宝石のようなタレが完成に近づくと、試作品を頂く機会に恵まれました。お重の在庫もない(捨てちゃった)のでどんぶりでの供給でしたが、濃いめのタレに絡み合った肉の旨みと辛さが交互に攻めてくる連続攻撃は、「東華飯店」黄金時代の味。それはすなわち東宝特撮黄金時代の味でもありました。
おばちゃんはなんか違うと疑り深いのですが、これはタレが出来たてで、きっと落ち着いてきたらあの味になるよ!と根拠ゼロのくせに励まして、東宝のOB会用に巨大な東華重をおねがいしました。
みんなで取り分けできるように大皿に盛り付けるようにして25人前。先輩たちもかつての食欲を思い出したのか、ペロリと完食でした。
そして今では、壁に「東華」なる新メニューが掲示されるようになりました。
お重の器がないので平皿に盛り付けたので東華重から「重」を取ったそうです。
お重でなくても誰も文句言わないのにね。
味はまさしく東華重。レギュラーメニューに十数年ぶりに復活です。
「東華」だけだとなんだかわからないからみんなスルーしてまたおばちゃんタレを捨てちゃうかもしれないのでみんな頼んでね!
文・イラスト:樋口真嗣