様々な食文化と歴史的背景がからみ合って形づくられてきた、アメリカの郷土菓子。日本ではまだなじみが薄いけれど魅力的なものがたくさんあります。各地の郷土菓子に魅せられた菓子文化研究家の原亜樹子さんが、ぜひ知ってほしいお菓子をご紹介。第七回目は「ワッキーケーキ」です。詳しいレシピも次回掲載します。
卵や乳製品がいらないだけじゃない。ボウルも泡立て器も使わない、極めつきにラフなケーキが「ワッキーケーキ」です。
「焼き皿に粉類を入れてくぼみをつくり、そこに植物油、レモン汁、バニラオイル、水を入れてスプーンでぐるぐる混ぜてそのまま焼くだけ。材料、つくり方ともにwacky(=へんてこ、奇妙)なのですが、その手軽さゆえに、アメリカの人々の生活に浸透し、親しまれてきたお菓子です」と原亜樹子さん。
このお菓子が生まれた背景は、1929年の世界大恐慌時代。卵やバターといった材料が不足したことから、「Great Depression Chocolate Cake=大恐慌のチョコレートケーキ」、もしくは第二次世界大戦の戦時下にもつくられたことから「War Cake=戦時のケーキ」とも呼ばれています。
「アメリカ留学時代、私が郷土菓子を研究していると話すと、多くの人が必ずといっていいほど、このケーキについて教えてくれました。レシピは同じですが、“crazy=風変わりなケーキ”とか、あっという間につくれるので“hurry up=すばやく(できる)ケーキ”、植物油とビネガーでつくるので“oil and vinegar=油とビネガーのケーキ”など、名前もさまざま。各地で広く愛されているからこそ、たくさんの呼び名があるのだと思います」(原さん)。
しっとりした口あたりで、どこか黒糖蒸しパンを思わせる素朴で温もりのある味わい。焼きたてはもちろん、冷めてからでもおいしいケーキで、シンプルにそのままで、もしくは粉砂糖をふったり、アイスクリームやホイップクリームを添えたりして楽しみます。
パパッとつくれる手軽さは、奇しくも忙しい現代人の生活に取り入れやすく、動物性食材を使わないため食事制限やアレルギーを持つ人、ベジタリアン、ヴィーガンにも人気なのだそう。
「日本では、家庭のおやつであっても、ちゃんとした道具を使っておいしくつくろうとする人が多いように思います。でも、アメリカでは材料に凝ったり、手間をかけておいしくすることに価値を置くよりも、洗い物が増えないからとか、こっちの方が簡単だとか、ままごと感覚で面白いから、という考え方の方がおそらく主流でしょう。
いろいろ理由をつけながら、不自由さすらも楽しみ、出来上がりが少しくらいイメージと違っていてもご愛敬。そんなアメリカらしい大らかさが好もしい。ワッキーケーキには、誰にでも愛され、長く受け継がれる“家庭のおやつ”の真髄があるように思うのです」(原さん)。
日米の高校を卒業後、大学で食をテーマに文化人類学を学ぶ。国家公務員から転身し、アメリカの食を中心に取材や執筆、レシピ製作を行う。『アメリカ郷土菓子』(PARCO出版)、『アメリカンクッキー』(誠文堂新光社)など著書多数。https://haraakiko.com/
文:鈴木美和 撮影:鈴木泰介