かつて、東京・世田谷に「ゴッホ」というカレー店がありました。スパイスをしっかり使いながらもカレーとハヤシの間のような独特の味わいに根強いファンが多かったのですが、2017年に閉店してしまいました。ゴッホファンの一人であった僕も、また食べたいなぁと時折思い起こしていました。しかし、なんと、その味を受け継いだ店が福島にあるという話を聞いたのでした――。
世田谷にあったゴッホは、絵を描くのが趣味であったマスターが脱サラして始めたカレーの店でした。レンガ造り、昭和の喫茶店のような店内はカウンターとテーブル合わせて十席程度のこじんまりとした感じで、マスターが一人でカレーをつくっていました。
「香料を扱う仕事をしていたので、たとえばニンニクの臭みを抑えるには、このスパイスでマスキングすればいい、といったことがわかるんです」と、技術者的な片鱗を見せるかと思えば、初めて店に来た客がドアを開けて「やってますか?」と聞くと、「まぁ、なんとかやってます……」と答えるなどとぼけた一面も。
「のんびり絵を描こうと思って店を始めたのに、店が忙しくなって絵が描けなくなってしまった」と言うマスターがつくるカレーは、30種類近くのスパイスを駆使し、牛バラ肉などでとったスープで旨味を膨らませていました。インドカレー的鮮烈な香りをまといながらもハヤシライス的コクも感じる、唯一無二の味わいでした。
炒めた野菜や卵がどっさりのった“野菜カリー”や豆腐が入って旨味の強い麻婆豆腐のような“おとうふのカリー”など多彩なメニューがありましたが、僕がよく食べたのは“肉いっぱいカリー”。下味をつけ衣をつけてあげた一口大の鶏肉がたっぷり入った、スパイシーでジューシーでまろやかなコクがたまらない一皿でした。
さらに、辛さを選べるのですが、ミルキー、マイルド、ボチカリ、マーカリ、カリカリ、ビリビリ、ヘロヘロと、ネーミングがユニーク。僕はボチカリかマーカリで頼んでいました。
ちなみに、「ゴッホ」はdancyuでも1997年2月号のカレー特集でも紹介しました(さらにちなみに、当時は毎年1月発売の2月号で「カレー特集」を掲載していました)。
しかし、2017年にマスターは店を閉めてしまいました。
あれから、6年。いまでも時折ゴッホを思い出し、いろいろな人にも話をしているのですが、先日、インスタライブで話をしたところ、「ゴッホの味を受け継いだ店が福島にあります」とのコメントが!
調べてみると、福島県いわき市に確かに「ゴッホ」がありました。メニューも世田谷の店とほぼ同じ!早速、行ってみることにしました。
東京駅から特急ひたちで約2時間30分。湯本駅から車で約20分。住宅街の中の普通の一軒家が「ゴッホ」でした。靴を脱いで居間のような店内に通され、出てきたメニューを開くと、おお!肉いっぱいカリーがある!ボチカリ、マーカリもある!
「肉いっぱいカリー、ボチカリでお願いします」
出てきた皿は丸く盛られたご飯にカレーが添えられています。世田谷ゴッホとは見た目が異なりますが、カレーの雰囲気は懐かしい感じです。食べてみると、マスターのようなスパイス使いのとスープの妙はやや足りないものの、やさしくまとめた感じです。
懐かしさとともに食べ終えて、話を聞いてみると、マスターの知り合いであった福島出身の女性店主がマスターに教えてもらってゴッホの味を再現したとのこと。地元はもちろん、かつての味を知るファンも訪れるそうで、マスターも来て食べて「いいんじゃない」と言ったそうです。
そう言ったときのマスターのちょっととぼけた顔を思い起こして、さらに懐かしさが膨らみました。
dancyu8月号(特集「新しいカレーライスが最高だ。」)の巻頭でも書きましたが、食べ物は記憶の中で味わいと懐かしさが膨らんでいきます。特にみんな大好きなカレーは、それぞれの思い出とともに、味の記憶を辿りたくなる料理なのかもしれません。
文・写真:植野広生
世田谷にあったゴッホは、絵を描くのが趣味であったマスターが脱サラして始めたカレーの店でした。レンガ造り、昭和の喫茶店のような店内はカウンターとテーブル合わせて十席程度のこじんまりとした感じで、マスターが一人でカレーをつくっていました。
「香料を扱う仕事をしていたので、たとえばニンニクの臭みを抑えるには、このスパイスでマスキングすればいい、といったことがわかるんです」と、技術者的な片鱗を見せるかと思えば、初めて店に来た客がドアを開けて「やってますか?」と聞くと、「まぁ、なんとかやってます……」と答えるなどとぼけた一面も。
「のんびり絵を描こうと思って店を始めたのに、店が忙しくなって絵が描けなくなってしまった」と言うマスターがつくるカレーは、30種類近くのスパイスを駆使し、牛バラ肉などでとったスープで旨味を膨らませていました。インドカレー的鮮烈な香りをまといながらもハヤシライス的コクも感じる、唯一無二の味わいでした。
炒めた野菜や卵がどっさりのった“野菜カリー”や豆腐が入って旨味の強い麻婆豆腐のような“おとうふのカリー”など多彩なメニューがありましたが、僕がよく食べたのは“肉いっぱいカリー”。下味をつけ衣をつけてあげた一口大の鶏肉がたっぷり入った、スパイシーでジューシーでまろやかなコクがたまらない一皿でした。
さらに、辛さを選べるのですが、ミルキー、マイルド、ボチカリ、マーカリ、カリカリ、ビリビリ、ヘロヘロと、ネーミングがユニーク。僕はボチカリかマーカリで頼んでいました。
ちなみに、「ゴッホ」はdancyuでも1997年2月号のカレー特集でも紹介しました(さらにちなみに、当時は毎年1月発売の2月号で「カレー特集」を掲載していました)。
しかし、2017年にマスターは店を閉めてしまいました。
あれから、6年。いまでも時折ゴッホを思い出し、いろいろな人にも話をしているのですが、先日、インスタライブで話をしたところ、「ゴッホの味を受け継いだ店が福島にあります」とのコメントが!
調べてみると、福島県いわき市に確かに「ゴッホ」がありました。メニューも世田谷の店とほぼ同じ!早速、行ってみることにしました。
東京駅から特急ひたちで約2時間30分。湯本駅から車で約20分。住宅街の中の普通の一軒家が「ゴッホ」でした。靴を脱いで居間のような店内に通され、出てきたメニューを開くと、おお!肉いっぱいカリーがある!ボチカリ、マーカリもある!
「肉いっぱいカリー、ボチカリでお願いします」
出てきた皿は丸く盛られたご飯にカレーが添えられています。世田谷ゴッホとは見た目が異なりますが、カレーの雰囲気は懐かしい感じです。食べてみると、マスターのようなスパイス使いのとスープの妙はやや足りないものの、やさしくまとめた感じです。
懐かしさとともに食べ終えて、話を聞いてみると、マスターの知り合いであった福島出身の女性店主がマスターに教えてもらってゴッホの味を再現したとのこと。地元はもちろん、かつての味を知るファンも訪れるそうで、マスターも来て食べて「いいんじゃない」と言ったそうです。
そう言ったときのマスターのちょっととぼけた顔を思い起こして、さらに懐かしさが膨らみました。
dancyu8月号(特集「新しいカレーライスが最高だ。」)の巻頭でも書きましたが、食べ物は記憶の中で味わいと懐かしさが膨らんでいきます。特にみんな大好きなカレーは、それぞれの思い出とともに、味の記憶を辿りたくなる料理なのかもしれません。
文・写真:植野広生