松尾貴史さんが複数の仲間と共同経営したバーでは、シメにカレーを提供していました。しかし、調理場もないため他のお店のカレーを取り寄せることに。満場一致で決定した富士の絶品カレーとは――。
20年ほど前、落語家の春風亭昇太さんやコピーライターの後藤国弘さん(現在は鎌倉の佐助稲荷の近くでカレーも提供するカフェギャラリー「アピスとドライブ」を経営)らと9人で、駒沢大学と三軒茶屋の間にある上馬交差点近くでバーを共同運営することになり、「シメ」の何かをメニューにしたいと協議し、やっぱりカレーだ、ということになったが、厨房の設備がない店舗なので、店内で作るのは難しい。メンバーの一人だったマジシャンのパルト小石さん(ナポレオンズ)が「富士吉田の居酒屋さんが作るカレーが美味くてスパイシーだ」と言うので、試食をしてみたらあまりの素晴らしさに驚いた。その時のインパクトは鮮烈で、今となってはスパイスを実験的に色々使ったカレーは珍しくなくなったが、こんなに独創的なカレーが富士山の麓で食べられているとは驚きだった。
全員一致で是非このカレーを出そう、ということになった。
冷凍で送ってもらって、ライスだけは店で炊いて、カレーを湯煎して出すことにした。当然バーの人気メニューとなり、深夜の店内は毎日のようにスパイスの香りが充満することになった。
上馬のバーでまかないとして食べるだけでは飽き足らず、富士山の麓の「糸力」に何度通ったことだろうか。
つい先日、ドラマのロケ撮影で目と鼻の先にいたが、撮影の終わり時間と営業時間の関係で諦めた。きっと、その残存の念が強くなっていたのだろう。仕事が休みの日の朝、目が覚めたとたん、「カレーを食べるためだけに富士吉田の糸力へ行こう」と思い立ち、その日開いていることを確認する電話をかけ、中央自動車道をひた走った。
10年近くぶりに訪れただろうか。今は7種類のカレーを出しておられるようだ。久しぶりなので強い刺激が欲しくなり、一番辛めのカシミールをお願いした。
相変わらずの美味しさではあるが、雰囲気が少し変わっているというか、進化しているようだ。独特の香ばしい風味はなんだろうと思いご主人に聞いてみると、意外な調理法を教えてくれた。
北見産の玉ねぎをカットし天日干しにする。水気が抜けたら、焦げないように140度ほどだろうか、超低温で2時間揚げる。からりと揚がったそれをフードプロセッサで砕いて粉状にし、スパイスと合わせて香ばしさと甘みを出すのだという。
全国の日本酒も新鮮なものから古酒として熟成させたものまで色々と取り揃えていて、他のつまみも工夫があって美味いものばかり、コロナ期間中には、スパイスや日本酒の貯蔵設備まで整備したそうで、美味い地酒とカレーのマリアージュが楽しめる、それでいて驚くほどリーズナブルな店だ。頻繁に通えるご近所の方が羨ましい。
ともあれ、久々に来ることができてよかった。また機会をうかがっては来る予感。
文・撮影:松尾貴史