東京・三軒茶屋の路地に「來來來」という家族経営の小さな店があります。丁寧につくられるちゃんぽんと皿うどんは、一口食べて旨い!というよりじわじわと美味しくなる味わい。そしてホスピタリティに感動したのでした……。
時々、無性に食べたくなる一皿があります。「來來來」の皿うどんもその一つで、時折食べに行きます。ご夫婦と息子さんの三人で賄う小さな店で、とても丁寧につくっていることがわかる、穏やかでまろやかで引っかかるところが何もない、体に染み入るような味わいです。旨味や塩気だけが前面に出るわけではなく、麺の香ばしさと適度な粘度の餡によってまとまった具材が、最初はコントラストを演出し、徐々に融合していく心地良さ!一口食べて驚くような強い旨味はないので、もしかすると初めてだと物足りないと感じる人がいるかもしれません。しかし、このやさしい味わいは食べ進むうちにじわじわ染みる美味しさで、通っていると滋味深い味への感動が増していきます。食べた後の余韻も違和感なく、負担もなく、またすぐに食べたくなってしまいます。
僕は何度も長崎に行って、いろいろな店で皿うどんを食べましたが、これほど穏やかで美味しい一皿に出会ったことはありません(もちろん、長崎の店はそれぞれに個性があって、それが美味しくて楽しいのですが)。こんな素晴らしい皿うどんが日常的に味わえることに、「美味しい」より「ありがたい」と感じてしまいます。
家族の素朴でさりげない、でも暖かい対応も素敵です。かつて食べに行った時、おつりの五十円玉を受け取り損ねて落としてしまったことがありました。お母さんがすぐに拾って、その五十円玉を渡してくれる……と思ったら、ポケットから別の五十円玉を取り出して渡してくれました。落としたお金は客に渡さない、それだけのことかもしれませんが、それを自然にできる気持ちが常にあるということ。素晴らしいホスピタリティにも感動してしまいました。
でも正直言うと、冒頭で「食べたくなる一皿」と書きましたが、実は皿うどんを食べるか、ちゃんぽんを食べるかいつも迷います。さらに、皿うどんに決めても「細めん」か「太めん」かでまた悩む……。皿うどんというとパリパリの揚げ麺を思い浮かべる人が多いと思いますが、本場・長崎でもちゃんぽんに用いるような太麺の皿うどんも人気。ちゃんぽんと細めん皿うどんの間のような味わいで美味しいですよ。
ああ、次に行くときにどれを食べるか、また迷うなぁ……。
文・写真:植野広生
時々、無性に食べたくなる一皿があります。「來來來」の皿うどんもその一つで、時折食べに行きます。ご夫婦と息子さんの三人で賄う小さな店で、とても丁寧につくっていることがわかる、穏やかでまろやかで引っかかるところが何もない、体に染み入るような味わいです。旨味や塩気だけが前面に出るわけではなく、麺の香ばしさと適度な粘度の餡によってまとまった具材が、最初はコントラストを演出し、徐々に融合していく心地良さ!一口食べて驚くような強い旨味はないので、もしかすると初めてだと物足りないと感じる人がいるかもしれません。しかし、このやさしい味わいは食べ進むうちにじわじわ染みる美味しさで、通っていると滋味深い味への感動が増していきます。食べた後の余韻も違和感なく、負担もなく、またすぐに食べたくなってしまいます。
僕は何度も長崎に行って、いろいろな店で皿うどんを食べましたが、これほど穏やかで美味しい一皿に出会ったことはありません(もちろん、長崎の店はそれぞれに個性があって、それが美味しくて楽しいのですが)。こんな素晴らしい皿うどんが日常的に味わえることに、「美味しい」より「ありがたい」と感じてしまいます。
家族の素朴でさりげない、でも暖かい対応も素敵です。かつて食べに行った時、おつりの五十円玉を受け取り損ねて落としてしまったことがありました。お母さんがすぐに拾って、その五十円玉を渡してくれる……と思ったら、ポケットから別の五十円玉を取り出して渡してくれました。落としたお金は客に渡さない、それだけのことかもしれませんが、それを自然にできる気持ちが常にあるということ。素晴らしいホスピタリティにも感動してしまいました。
でも正直言うと、冒頭で「食べたくなる一皿」と書きましたが、実は皿うどんを食べるか、ちゃんぽんを食べるかいつも迷います。さらに、皿うどんに決めても「細めん」か「太めん」かでまた悩む……。皿うどんというとパリパリの揚げ麺を思い浮かべる人が多いと思いますが、本場・長崎でもちゃんぽんに用いるような太麺の皿うどんも人気。ちゃんぽんと細めん皿うどんの間のような味わいで美味しいですよ。
ああ、次に行くときにどれを食べるか、また迷うなぁ……。
文・写真:植野広生