日差しの強まりとともに、青葉が勢いを増しています。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
「きんとんは、本当に面白い菓子なんだ」
主人の渡邊好樹さんは、繰り返し言っていた。小さな粒餡の餡玉に、ザルで濾してそぼろ状にした漉し餡をたっぷりとつける。つまり、餡に餡をまとわせた菓子だ。
「全てがあんこ」なのに、食べてみると一口ごとに驚きがある不思議。しかも、同じ漉し餡のそぼろでも、色の組み合わせを変えるだけで、全く違う景色になるから、春夏秋冬を餡だけで表現できる。
きんとんの成り立ちを見ながら、その魅力と奥深さを解き明かそう。
5月につくるのは、「卯の花きんとん」。
「卯の花って、知っているかな。ぽつり、ぽつりと小さなかたまりができるように白い花を咲かせるよね」と主人。
唱歌「夏は来ぬ」の歌い出しにも登場する、初夏を代表する花木のイメージを、きんとんに写す。
材料は、黄緑色に色づけをした白漉し餡と、そのままの白餡。そして、“芯”となる粒餡の餡玉。まずは、2色の濾し餡を、目の粗い網でうら漉ししてそぼろにしていく。
ヘラで漉し餡を垂直に押しつけ、網にぴたりと当たったら手前にスッと引く。この動作が身に付くまで、職人でも意外に時間がかかるのだという。
網目から真っ直ぐ下に落とすことで、細長いそぼろになる。手首を返すようにこすりつけてしまうと、漉すことはできても、そぼろの長さは揃わない。
「ヘラは特注でつくってもらったものなの。普通のご飯のしゃもじとは違うでしょ。平らで、薄くなくっちゃだめ。幅も広いほうが使いやすい」
広い面が平らになっているから、垂直に下ろすと餡を均等に押しつけられる。
ザルを外すと、2色の“そぼろ”がふわりと積もっていた。それを、先を細く削った“きんとん箸”ですいすいとほぐしていく。
そぼろは、見た目よりもずっと柔らかい。箸の使い方が悪いと跡がついてしまうし、せっかく網目を通ってほぐれたそぼろが、べたっとまとまってしまう。手早く、優しく扱う。
まず餡玉の底に少しそぼろをつけてから、下から上へとぐるりとそぼろを貼りつけていく。
箸先は固定したまま。つまむのではなく、箸先ですくって移動させ、餡に寄せるようなイメージだ。
きんとんは、外側のそぼろの色や表情に目が奪われるが、芯となる粒餡も大切だ。漉し餡と粒餡、2つの味のグラデーションが楽しめるように、そぼろとは異なる食感や甘味で、変化をつける。
扱いやすいように、芯にする粒餡を水飴や寒天で固めるところも多いが、「岬屋」ではしっかり炊いた粒餡を、そのまま丸めて芯にする。小豆がつぶれないようにしながらも硬く炊き上げる、上菓子屋の技だ。
「食感が大事なの。小豆が口の中で当たって、風味も感じられるように。こういう色と硬さに炊き上げた粒餡でないとね」
下にぐるっとそぼろがついたら、手の平に掬い上げ、さらに上までそぼろをつけていく。
「崩れないようにそぼろをすくって、餡玉にのせているだけ」と主人は言うが、そう簡単な話ではない。ふわっとすくって、ふわっとのせる。しかし、餡玉からこぼれ落ちないように貼り付ける、ほどよい力加減。箸の先端だけを使って餡をのせ、素早く引けば、餡に箸跡が残らない。
最後に、下の部分をすっきりとすぼめ、全体の丸みを整える。
「ぼてっとしていると締まりがない。景色も味のうちだからね」
黄緑色のそぼろで埋まったら、仕上げの白色。ランダムに5ヶ所、ちょん、ちょん、と埋め込むように白いそぼろを差す。白が入ると、印象ががらりと変わった。
「映えるでしょう。白は目立つんだ。色合いがすっきりしていて、初夏らしいよね。きんとんの中でも、ぼくは“卯の花”が特に好きなんだ」
主人は手を止めて微笑んだ。
きんとんは、そぼろのつけ方ひとつで、菓子の表情がガラッと変わるのだとか。
「うちにはいろいろなお菓子があるけど、きんとんと餅の種類だけでも勝負ができるんじゃないかと思うくらい、奥深い菓子よ」と女将さん。
口に入れると、そぼろはひたと舌に吸い付くようななめらかさ。儚く、あっと言う間に溶けていき、芯の粒餡に触れる。残るのは豆の余韻。
主人の端正な所作が菓子の美しさにつながり、味になることを実感する。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子