dancyu本誌から
夜の熱海を徘徊する|ちょっとディープな熱海食べ歩き旅・後編

夜の熱海を徘徊する|ちょっとディープな熱海食べ歩き旅・後編

dancyu5月号「美味しくって、楽しくって、ちょうどいい旅」特集に掲載した「熱海でニュースタイルな干物呑み」。仕事で熱海へ通ううちに、町の懐深い魅力にハマってしまった料理研究家の山田英季(ひですえ)さんと、新感覚の干物呑みを堪能しまくる日帰り旅企画を展開しています。しかし、誌面では紹介しきれなかった、熱海の楽しみ方がまだまだある!と熱く語る山田さんが、さらにディープな町歩きを紹介。後編は、夜の熱海を徘徊します。

路地裏で見つけた、酒場的町中華「香蘭亭」

新規に立ち上げる干物レストランのメニュー開発を任された「釜鶴ひもの店」での仕事を終え、ホテルに戻る間、「飲みにいきますか」という同僚の誘いに「いきましょう」と答えた。一旦宿に戻って、それぞれの部屋で雑務を片付け、19時半にロビーに集合した。

「どこ行きますー?」という同僚に「駅前にいい感じの渋い店は見かけなかったよね」と答えながら、さっきも通った商店街に向かう。朝は活気のある平和通り商店街も、平日の夕方を過ぎると両脇の土産物屋のシャッターが閉まり、その静けさが妙に寂しさを誘った。

暗くなった商店街に入りしばらく歩く。ふと覗いた細い路地の先にぼんやりと光が見えた。路地好きとしては、これは吸い込まれるべき路地だ──。そう確信した僕は、同僚には何も聞かずに、細い路地に入った。

細い路地の先

路地を進むと、ラーメン、餃子、一品料理、矢印、香蘭亭という看板が見えた。

「これは、良さげだ」

早くも瓶ビールを手酌するイメージを思い浮かべながら、紅色の暖簾をくぐる。中の様子を伺うと狭い店内は、満席に見えた。僕は振り返って、同僚に手をバツにして「ダメだ」と言った。

紅色の暖簾

店を後にして、トボトボと15歩ぐらいは歩いただろうか。突然、「お兄さん」という声が後ろから聞こえた。振り返ると、赤い暖簾の隙間から顔を出して女性が手招きしている。「お兄さんたち、入れるよ」。僕たちは「本当ですか!?」と言いながら駆け寄り、無事店の中へ入ることができた。

店内は、狭めのテーブル席が三つ。さっきは空いていなかったはずの手前の席が空いていた。席に座ると残りの二つのテーブルは、ほぼつながり、ギュウギュウになってこちらを見ながら楽しそうに飲んでいる。

どうやら、ガラス戸越しに気づいた常連さんたちが、気を利かせて、僕らのために席を詰めてくれたらしい。ホテル暮らしの身には、こういう優しさが沁みる。感傷に浸りつつ、壁にかかったメニューに目を向けた。

壁にかかったメニュー

町中華にしては、メニューの種類は決して多くはない。でもそれがまたいい。えーっと、つまみになるものは……、まずは餃子だな。その次は、焼豚メン、焼豚ワンタン、焼豚ワンタンメン。ん?焼豚ワンタンは、麺なしということか。これはつまみになる。

「すいません、注文いいですか。えーっと、ビール大瓶を一本とグラスを二つ。それと、餃子を二人前と焼豚ワンタンをください」

店員の女性に伝えると、注文のメモを取りながら、「ホワイトボードにも、おすすめがあるからね」と教えてくれた。それを聞いた同僚は、間髪入れず「丸干しも追加で!」と付け足した。

すぐに冷えた瓶ビールが運ばれると、同僚と「まぁまあ」と昭和生まれのやりとりをしながら、グラスに注ぎ合い乾杯した。

鰯丸干し

しばらくすると小さな鰯が六本並んだ丸干しが届く。小さいながらも魚の頭から尾ヒレまで、丸ごと食べられるのが、干物の町・熱海に来ている感じがして、とても嬉しい。

続いて餃子が届いた。この皮がパリッと焼けた感じ、さては鉄鍋だな。小皿に酢醤油を用意して、ラー油をたっぷりと入れ、餃子のひだを潜らせる。これを焼き餃子を食べる心得だと思っている。

焼き餃子
餃子650円。

口に入れると、香ばしい皮の焼き目の次に餡の脂と旨みが押し寄せる。それを一気にビールで流していく。うまい。安心・安定の餃子とビール、ありがとう。

焼豚ワンタンの前に、ワンクッション、紹興酒でも飲もうか。そう思ってメニューを見ても、紹興酒は見当たらない。それならば、“酒”。気持ちの良いぐらいシンプルなメニュー名だ。

すぐに一升瓶を抱えた店員さんが、散らかったテーブルをササッと片付けて、小皿を敷いたコップを置き、日本酒を注いでくれる。口を近づけて、表面張力でこんもりと膨れた酒をジュジュッとすする。あぁ、うまい。キリッとした辛口がたまらない。銘柄も書いていない、ただの酒の旨さに浸っていると、いよいよ焼豚ワンタンが登場した。

焼豚ワンタン
焼豚ワンタン850円。

中華スープの上に浮かぶつるつるのワンタン、薄切りの焼豚、町中華のシンボルなると、ビジュアルは100点だ。

お椀にスープをとりわけて、ワンタンと焼豚をそれぞれ二つずつ入れる。スープを飲む。鶏ガラだよね。君は最高だよ。ワンタンを食べる。つるつるの皮の中から現れる、粗々としたひき肉。こんなアンバランスなベストマッチは他にはない。そして、焼豚を食べる。焼かれて、水分を失った豚肉にスープが絡むなんて、誰が考えたんだ。考えた人、天才。

二人で「うまい、うまい」と言いながら食べ進み、ちょうどコップに入った日本酒が空になった。

明日も早いからそろそろ帰るか。そう思っていると、向かいの常連さんが「どこから来たの?」と声をかけてくれた。そこから熱海という町のよさ、よく行くお店の話を聞きながら、気がつけば日本酒を三杯おかわりしていた。

夜の熱海
夜の熱海
夜の熱海

昔ながらの温泉街の、猥雑な残り香を想起させるバー

東京に帰ってきたある日、東京に住む知人からメールが届いた。
“次に熱海に行くなら、ここに行ったほうがいい”と熱海にあるお薦めスポットのリストが届いた。

その中で、一際目を引いたのが「バー コマド」。なぜかこのお店だけ、メッセージ付きなのである。“店主がライターさんで、少し変わったディープなお店をやられているそうです”これは気になる。

熱海に戻り、行きたい行きたいと思いつつ、不定休のこのお店。なかなか縁がなく伺えずにいた。そんな時に、dancyuから熱海での取材の話が舞い込んできた。これは絶好のチャンス!とばかりに、半ば強引に「バー コマド」へ訪れる段取りを組んだのだ。

取材当日、撮影が終わり、スタッフと「釜鶴ひもの店」五代目の二見さんと海の近くで夕食を食べた後、昭和の時代に花街だった場所に足を伸ばした。入り組んだ路地を入ったところで、案内役を買って出てくれた二見さんが足を止め、「ここです」と言った。

ここ?目立つ看板も無く、やっているのか、やっていないのか、わからないような佇まいで、いきなり「バーコマド」は現れた。店の前に立ってよく見ると、ドアの上に小さなネオンサインで“コマド’の文字があった。

ネオンサイン

店内に入ると、オーナーの高須賀哲さんが迎え入れてくれた。「バー コマド」は、築70年の建物を改装して、昭和の花街をイメージしたバーとして、2022年5月にオープンしたのだとういう。

カウンターに腰掛け、バックバーに目をやると、普通のバーなら酒のボトルが並んでいるところに、古い本がたくさん置かれていた。隅の方に数本のウイスキーが見えたので、僕は知多のソーダ割を頼むことした。

オーナー
グラス

目の前で高須賀さんがお酒を作ってくれる間、また棚の本に目をやる。いったいあれはなんの本だろう? グラスの七分まで注がれた知多ソーダ割が僕の前に置かれ、乾いた喉に勢いよく流し込む。あいかわらず、おいしいな知多は。

チャームには、乾き物のせんべいが出てきたので、なにも考えずに口に運ぶ。口の中で溶けていくタイプの、ソフトなせんべいか。意外とウイスキーの香りと相性がいいな。そんなことを思いながら、話は棚の本へと変わっていった。

棚の本

「それ、なんの本ですか」とオーナーに尋ねると、「昔のエロ本です」と棚から本を取って見せてくれた。活字が多い。その内容を見て「昔の人は、今の人よりも想像力が育まれただろうな」などと、冷静に思いを巡らせた。

活字が多い本
外から見える店内

店の2階には座敷の部屋もある。数十年前は、ここで遊女が客を取っていたのだという。「いわゆる、ちょんの間と呼ばれていた店だったそうです」。そう説明してくれた高須賀さんは、その後も、熱海に遊郭があったことや、ただの旅では知れないような話をたくさん聞かせてくれた。

熱海には、子供からお年寄りまで誰でも楽しめる観光地としての顔もあるけれど、昔の温泉街にあったような、どこか猥雑な雰囲気も町のあちこちにちょっとだけ残っている。その残り香みたいな雰囲気に、僕はとても惹かれるのだ。

若い女子がインスタに上げそうなおしゃれなスイーツから、遊郭の跡地のバーで飲むウイスキーまで。今の熱海には、底知れぬ面白さが詰まっている。

花火
熱海海上花火大会は、一年を通して開催されている。

店舗情報店舗情報

香蘭亭
  • 【住所】静岡県熱海市田原本町5-2
  • 【電話番号】0557-81-5023
  • 【営業時間】17:00~22:00 土・日は10:00〜15:00も営業
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】JR「熱海駅」より徒歩2分

店舗情報店舗情報

バー コマド
  • 【住所】静岡県熱海市中央町5-9
  • 【電話番号】0557-82-4087
  • 【営業時間】18:00〜24:00
  • 【定休日】不定休
  • 【アクセス】JR「熱海駅」より徒歩15分

「バー コマド」の営業日はInstagram(@komado_atami)で確認を。

文・写真:山田英季

山田 英季

山田 英季 (料理研究家)

1982年、兵庫県生まれ。旅と食がテーマのサイト「and recipe」主宰。フレンチ、イタリアン、和食と幅広いジャンルでシェフとして活躍した経歴をもち、スタイリングやプロダクトデザイン、空間プロデュースでも活躍する。