週末ともなれば70種類もの総菜が揃い、その多くが季節の魚介と野菜。サイズも大と小があり、酒も豊富に揃うとあって、ちょい呑みからしっかり呑みまで実に使い勝手がいい。ミナミの繁華街で思わず「ただいま」と行ってしまいそうな、家庭的な食堂で呑む幸せ――。
「食堂はみんなの実家やおもてます」。いつも朗らかな3代目・川畑吉永さんはそう言いながら、厨房で煮炊きもんをこしらえている。5段に仕切られた冷蔵ケースには、マグロ造り、こいもの煮付けや黒豆煮……。その向かいの棚には、焼き魚やおでんなど温かい品にいたるまで40品近くの和惣菜が所狭しと。
「おばあちゃん家に遊びに行ったとき、テーブルの上にずらっと並ぶような、昔からある料理ばかりですわ」と話す川畑さんに続いて、「週末なんか70品は作るよね。もう、棚に入りきらへんのよ!」とは、テキパキとフロアを動き回りながら、にこやかな表情を見せる奥様の久美子さん。
ときにはふたりの夫婦漫才も楽しい「福家」は、昔ながらの飲み屋が軒を連ねる、難波・合筋商店街の中ほどにある。創業は昭和23年。家業を継いだ久美子さんいわく、「戦後まもなくして、農家だった祖父母が、おにぎり屋を始めたのがはじまりです」。移りゆく時代のなか、ミナミで働く人や、暮らす人たちの胃袋を満たし続けてきた。
「ここはな、昔っから何食べてもハズれがないねん」とは、職場が近所だったというご常連。同窓会の0次会にと、旧友たちを連れてきたそうな。「とりあえず、きずしと、お豆さん炊いたん。コンニャクのピリ辛も好きやねんな」。卓上にずらりとおかずを並べながら、酒を酌み交わしている。「家庭料理やけど、なにかが違うわ」「家にはないプロの味やで」と皆、ご機嫌さん。
そのきずしは、酢の〆加減がえぇ塩梅。艶やかなえんどう豆の煮物は、優しい甘さがじんわりと広がり、落とし卵を崩しながらの味の変化で、さらに呑めるだろう。
それらショーケースに並ぶおかずは、鶏じゃがの鶏肉と、おでんのソーセージ以外はすべて「魚菜」に特化したメニューというのが、「福家」ならでは。「数年前に始めた昼の定食だけ、トンカツや豚生姜焼きを出すこともありますが、基本的には魚介と野菜が中心やね」。なぜ?と問えば「昔からそうやから」。肉類を使わずとも食べ応えがあるのは、毎朝、真昆布と鰹節からだしをひくなど、丁寧な味づくりあってこそ。それらおかずは、大300円・小200円とサイズを選ぶことができるのがアテ飲み党のツボを突く。しかも、酒はビールや日本酒のみならず、レモンサワーやハイボールも揃うから、食堂呑みの楽園と断言したい。
もちろん、しっかりご飯を食べたいなら、好みのおかずを選び、ご飯と汁物を頼んで「マイ定食」を作る。このスタイルも昔からずっと同じだ。
「二人で店を継いだ18年前。先代からは“業態もメニューも自分らの好きにしたらえぇ”って言われたけど、味づくりの根本はずっと一緒。オシャレなもんは巷の若い料理人たちに任せて……。僕らは、誰が食べてもホッとする、原点の味を作り続けるだけ」と、川畑さんは目をキラキラさせる。
この日、夕暮れ時には、広島からやって来たという若者たちの姿も。「近所のライヴハウスへ行く前に、腹ごしらえです。なんかホッとする味なんですよ」と、皆それぞれが、好きなおかずをつまんでいる。実家に帰ってきたようなあの感覚……らしい。
土日になれば客層はガラリと変わり、ウインズ難波(JRA)目当ての男性客で賑わっている。「一杯飲んで、(馬券を)買いに行ってくるわ」、「今日は久々に買ったで~!祝杯や」。昔ながらの食堂に、ミナミらしい活気が徐々に戻りつつあるよう。「いらっしゃい~!毎度!」、「お疲れさんでしたね~!」。今日も食堂に、夫婦の威勢のいい声が気持ちよく響く。
文:船井香緒里 撮影:竹田俊吾