食の現場
鮮度が良い魚の旨さを、さらに引き出す加工文化。|但馬の魚④

鮮度が良い魚の旨さを、さらに引き出す加工文化。|但馬の魚④

本誌10月号の「ニッポン美味紀行」では、兵庫県の但馬の魚を紹介しました。WEBでは、誌面に収まりきらなかった話をお伝えしていきます。本誌記事と併せてお楽しみください!

乾燥技術で発展した、但馬の“干し物”文化

但馬の漁業が大きく発展していったきっかけは、明治期に鉄道が開通したことだった。京阪神への販路が広がると、漁師はよりたくさんの魚を獲ろうと漁に工夫を重ね、鮮度のいい魚がたっぷりあったからこそ加工技術も磨かれた。干物加工業の老舗「蔵平水産」の藏野恵三さんは、こう話す。
「昔は香美町だけで加工業者が80軒以上ありました。今では50軒ほどに減ってしまいましたが、同業者で技術を教え合って切磋琢磨してきたんです」

実は、藏野さんの祖父・利一さんは、昭和中期に但馬の水産業を変えた「兵水式魚類人工乾燥機」の開発に携わった立役者。天候不順な但馬で天日干しから脱却できたこと、これまで休業していた夏季も生産が可能になったことで、漁業も加工業も大きく躍進した。一社が技術を独占することなく、地域で受け継がれてきたことは大きい。但馬の“干し物”は評判を呼び、産業であると同時に、但馬の人々の食の営みを支える文化にもなっていったのである。

地魚の一夜干し
「蔵平水産」の地魚の一夜干しは、カレイやハタハタにとどまらず、こんなに種類豊富!
海鮮マーケット 海の蔵
「蔵平水産」の直営店「海鮮マーケット 海の蔵」。

「ひょうたん」でお会いした「丸松西上商店」の西上和宏さんは、ハタハタの一夜干しづくりを見せてくれた。加工場を訪れると、真っ先に目に飛び込んできたのは、黄金色に輝く魚の暖簾!これが、ハタハタの一夜干しだ。

ハタハタ
「丸松西上商店」で見せてもらった、干したての美しいハタハタ。

競りで仕入れたハタハタは内臓を除き、洗濯機のようにグルグルとまわる洗浄機で表面の粘膜を取り除いてから、木樽で半日かけて血抜きをする。「製造工程に時間がかかるので、血抜きはよそではあまりやらない工程ですが、手間を惜しまないのがうちのこだわりです」と、西上さん。さらに、塩水に漬ける「たて塩」という伝統的な製法で半日ほど寝かせてから、串に刺して吊るし、25℃で冷風乾燥させて仕上げる。

下ごしらえをしたハタハタに職人たちが黙々と串を打ち、吊るして冷風乾燥で干す。

大正6年から続く、同店の一夜干しづくり。「味は守らなあかんと思っています」と西上さんは話しながらも、この先も一夜干し文化を絶やさないために、常に生産体制を見直して効率化を考え、近年はオンラインショップにも力を入れているという。伝統を守るだけでなく、絶えず進化していこうという心意気が、但馬の活気を支えているのだと感じた。

パリッ、フワッ!“焼きギス”は但馬のソウルフード

豊かな加工文化は、干し物だけではない。但馬の人々にとって欠かせないもうひとつのソウルフード、それがニギスを素焼きにした“焼きギス”だ。かつてはいくつもの工場で焼かれていたというが、現在の香美町に唯一残っているのが、昭和27年から続く「浜貞商店」。加工場で忙しく手を動かしていたのは、店主の濱上栄作さんだ。大きな遠赤外線グリラーに次々と並べては返しながら、「うちは創業時からずっと、こうやって煎餅みたいに手焼きにしているんです。結局、残ったのはうちだけになっちゃって」と話してくれた。

一日に2000~3000串を、手作業で焼き上げる

串を打ったニギスを網に並べ、900~1000℃という高温で焼き上げる。片面5分ずつ、10分ほど。表面はパリッ、中はふわっとした焼き上がりをめざし、短時間で焼き上げる。網を返すときに脂がポトポトと落ちるほど、脂のりがいい。季節によって脂の状態も変わるため、微妙に焼き時間を加減するのが職人の技。焼きたてをハフッと頬張ると、もうたまらない!旨味の強さを香ばしさが引き立て、どことなくシシャモを彷彿とさせる味だ。

味付けはなし、海水の塩味のみ。ニギスの鮮度と焼き加減が味を左右する。

ふと、なぜ家では焼かずに、店に買いに来るのか不思議に思ってたずねると、濱上さんが答えてくれた。
「ニギスは身がとても柔らかいので、家だとパリッと焼けないんです。しかも、鮮度が落ちるのも早い。だから、地元ではみんな焼いたものを買いに来ます」
大人は酒のつまみに、子供はおやつに。焼きギスの炊き込みご飯や、葱との炊き合わせも、このあたりの家庭では定番の献立だ。正月のおせちの昆布巻きも、干したニギスを巻いて煮るというから食べてみたくなった。

ノドグロがまるっと一尾分!締めは海鮮丼で

但馬の旅の締めくくりは、香住ガニや自家製干物などを販売し、食堂も併設している「UOYAはらとく」へ。お目当ては、店主の原田敦行さんが自ら競りで買い付けた新鮮な地魚が味わえる「前浜海鮮炙り丼」だ。運ばれてきた丼は、ピッカピカに輝く7種類の海鮮が溢れんばかりにぎっしり!アマエビ、スズキ、ハマチ、イカのほか、サワラ、アジ、イカゲソは炙られたものがのっている。仕入れによって魚の種類は変わるが、必ず入れているというノドグロの炙りは、まるっと一尾分!一度にこれだけの種類が味わえるとは、なんたる口福だろうか。

前浜海鮮炙り丼
「前浜海鮮炙り丼」は地元でも評判の一品。

お土産に購入したハタハタとエテガレイの干物のおかげで、但馬の人々の深い魚愛を思い出しながら、口福の余韻はまだまだ続く。旅の終わりは名残惜しいものだが、家でゆっくり味わうのもまた、楽しみなのであった。

海鮮マーケット 海の蔵(蔵平水産)
【住所】兵庫県美方郡香美町香住区七日市136‐1
【電話番号】0796‐36‐4601
【営業時間】8:30~17:30頃
【定休日】無休
【アクセス】JR山陰本線「香住駅」から徒歩6~7分
https://www.kurahei.co.jp/

丸松西上商店 オンラインストア
https://maru-matsu.net/

浜貞商店
【住所】兵庫県美方郡香美町香住区香住1806‐4
【電話番号】0796‐36‐0426
【営業時間】7:00~16:00
【定休日】土曜 火曜 祝日の前日
【アクセス】JR山陰本線「香住駅」から徒歩13~14分、車で3~4分

UOYAはらとく
【住所】兵庫県美方郡香美町香住区七日市15‐2
【電話番号】0796‐36‐4605
【営業時間】9:00~18:30 ランチ11:30~15:00

【定休日】水曜(祝日は営業)※11月、12月は飲食の提供はお休み。
【アクセス】JR山陰本線「香住駅」前
https://haratoku.com/

焼き魚
dancyu10月号掲載の「ニッポン美味紀行」で紹介した但馬の「一夜干しハタハタの素揚げ」が東京駅構内「dancyu食堂」で食べられます(在庫がなくなり次第終了)。

文:大沼聡子 写真:岡本寿、海老原俊之(dancyu食堂)

大沼 聡子

大沼 聡子 (編集者・ライター)

家庭科教師だった母親の影響で、小学生の頃から料理雑誌を愛読。現在はレシピ本の企画・編集のほか、食まわりの記事を雑誌・ウェブ等で執筆している。趣味は世界各国の料理をつくること、食べ歩くこと。