どんな調理法でも美味しいハタハタを、温泉宿で振る舞ってもらった。本誌10月号の「ニッポン美味紀行」では、兵庫県の但馬の魚を紹介しました。誌面に収まりきらなかったこぼれ話と共にお伝えしていきます。本誌記事と併せてお楽しみください!
「ぜひ、但馬の家庭で食べられている魚料理を味わってくださいよ!」
そう言って、料理自慢の温泉旅館「七釜荘」へ案内してくれたのは浜坂漁業協同組合の代表理事組合長、川越一男さんだ。荷揚げと競りを見せてもらった香住漁港の西側、浜坂漁港を有する新温泉町は、その名の通り、県内でも有数の温泉の町。源泉掛け流しのお湯に加えて、新鮮な地魚料理も楽しめるとあって、全国から口コミでお客さんがやってくるのだという。
浜坂漁協の“推し”は、鮮度落ちが早いこともあって、なかなか全国にその美味しさが知られることが少ない地エビ。アマエビ、ガラエビ、モサエビ、オニエビ、スジエビの5種類を「浜坂地えび」と名付けてブランディングしている。まずはアマエビの甘味を刺身と共に味わう。
「今日はどこまで揃うかな?」と、主人の沼田宏一さんに確認する川越組合長、オールスターが勢揃いすることはあまりないのだそう。特にレアキャラなのはオニエビで、浜に並べば取り合いになるほどなのだとか。この日はモサエビのみだったが、旨味が濃くてだしもよく出るから主役はひとりでも十分。茶わん蒸しにすればふるふるの卵にもしっかりエビの旨味が行き渡り、ぷりっとした身の食感が楽しめる。かぼちゃや里芋との炊き合わせは、野菜にもエビのだしが染みて、新鮮なエビがあるからこその料理。家庭では味噌汁にもよく入れるそうだ。
焼き物を盛り合わせた皿には、“モサエビの塩焼き”。しかも贅沢に2尾!香ばしく焼き上げるとよりエビの香りが立ち、酒に合う味わいに。そして、同じ皿に盛られてきた、ピカッと輝く魚は……楽しみにしていた、但馬のハタハタ!しかも味噌漬けという、地元ならではの味が嬉しい。
ハタハタは但馬では、ハタ、シロハタと呼ばれており、秋田など東北で獲れるものとは系群が異なるのだという。実はハタハタ好きの川越組合長、その美味しさを語り出すと、愛が止まらない!
「北で獲れるものは太くて短くて、ブリコ(卵)があるからあっさりしてるでしょ。でも、こっちのはスマート。脂のりも良くて、キメが細かい。なんか知らんけど、ハタはやみつきになるんですよ」
そしてやってきたのが、ハタハタの煮付けである。「ごく普通の家庭料理だけど、一番好き。毎日食べても飽きんのだよなぁ」と目を細める組合長に深く頷いてしまった。ふわっと柔らかな身に、脂が溶け込んだ煮汁をからめて味わえば、白いご飯が欲しくなる。もちろん酒にも合う!
最近、人気が高まっているという「ハタハタのしゃぶしゃぶ」は但馬でも新しい食べ方で、ちょっと特別な料理だ。煮立てた鰹だしにサッとくぐらせ、ポン酢を少々。ほろっと優しい身の旨味が、なんともいえず繊細で、魚そのものの美味しさが楽しめていい。
ハタハタの旬は、春と秋。特に春は身質がふわっと柔らかく、脂のりのよさが感じられて旨いのだという。川越組合長は旬のハタハタを頭を落として内臓を除き、冷凍しておいて、通年食べているほどのハタ好き。南蛮漬けやフライも、川越家の食卓の定番なのだとか。料理によって味わいもまったく変わり、だからこそ飽きないのだろう。
沖合底引き網漁ならではの魚、カレイも忘れてはならない。アカガレイをまるごと一尾、豪快に揚げた唐揚げは、パリッパリ。「頭から食べられちゃうでしょ?」という川越組合長の言葉に、ガブッと行かせていただきました!
コロナ禍で、旅をして美味しいものを楽しむ日々が遠のいていたここ数年。ところが、まったく不満を感じることはなかったと話す、川越組合長。
「俺はどっかに旅行してなんか食べたいって思わないんだよ。だって、ここに旨い魚があるから。どこに行ったとしても、自分が地元でいかにいいものを食べているかって感じるんだよなぁ」
(但馬の魚③に続く……)
源泉かけ流しとカニと海水浴の宿 七釜荘
【住所】兵庫県美方郡新温泉町七釜337
【電話番号】0796‐82‐2458
【アクセス】JR山陰本線「浜坂駅」より車で5分
文:大沼聡子 写真:岡本寿、海老原俊之(dancyu食堂)