本誌10月号の「ニッポン美味紀行」では、兵庫県の但馬の魚を紹介しました。WEBでは、誌面に収まりきらなかった話をお伝えしていきます。本誌記事と併せてお楽しみください!
香住漁港のある香美町に店を開いて33年。但馬漁業協同組合の皆さんが案内してくれたのは、地元の漁師や水産加工業者が贔屓にするという居酒屋「ひょうたん」だ。
隠れ家のようなひっそりとした佇まいと年季の入った看板は、観光客を寄せ付けない静かな雰囲気。ところが、一歩足を踏み入れたら、そこは陽気に酒と料理を楽しむ人々の笑顔で溢れていた。大きな黒板に書かれたお品書きは、魚料理ばかりがはみ出しそうな勢いで並んでいる。「やっぱり自分の目で見たいんですよね」と話す、店主の西本達美さんは毎朝、競りに足を運ぶ。自ら選んだものを仲買人に仕入れてもらうというから、プロに愛されるのも頷ける。
刺身の盛り合わせには、のっけから驚かされた。ノドグロ、ヒラメの昆布締め、キンキとカマスの炙り、ヒラマサ、シロイカ、白バイ貝、アカエビ、シロエビ、ガラエビ、……と、地物だけで10種類を超える。いくら港町といえど、これだけの魚種が揃うのは凄い。
香住漁港の自慢は、近畿地方で唯一、香住だけで水揚げされるというベニズワイガニ。「ベニかご漁」という、餌を入れたかごを海中に沈めてカニを誘い込み、生きたまま水揚げする漁法で漁獲する。獲ってから陸に揚げるまでの時間が短いという利点をいかし、漁師が鮮度を保つ工夫を凝らすことで、「香住ガニ」とブランディングして価値を高めている。その美味しさが少しずつ認められ、「ズワイよりベニ派」というファンを増やしているほど。まずは、刺身の輝くような透明感を愛で、口に運ぶ。鮮度の良さを感じる甘味、繊細な旨味! ボイルもまた、しっとりした身の味わいに唸るしかない。
ここで、但馬ではおなじみの一夜干しが登場。大正末期から干物をつくり続けている「蔵平水産」のヤマガレイ、そして但馬漁業協同組合で力を入れて売り出している「ハタハタの旨干し」だ。旨干しは、ハタハタでつくった魚醤で味付けして干した、魚の個性を凝縮した一夜干しだという。
加工を請け負う「丸松西上商店」の西上和宏さんが、地元民ならではの食べ方を教えてくれた。「まずは頭をちぎるでしょ。尾もちぎって、それは食べちゃう。そうしたら、あとは背と腹を同時に指で優しく押してあげて……」。おお、骨がスッときれいに抜けて、パクッと食べられる!絶妙な塩加減もまた、あとを引くのだ。山盛りのハタハタは、こうしてみるみる消えていったのである。
「どちらも9月はさらに脂がよくのって、美味しくなるんですよ」と、店主の西本さんが出してくれたのはノドグロとニギスの塩焼きだ。ぷっくりと焼けたノドグロに箸を入れ、ホワッとした白身を口に運べば、もう何も言うことはない。そのノドグロの大好物だというニギスもまた、味の濃いこと。「キス場のノドは旨い」と朝の港で教わったことを思い出す。ニギスが旨ければ、それを食べるノドグロが旨くなるのは自明の理。ニギスをすり身にして揚げた"キス団子"もまた、漁師料理ならではの滋味が溢れている。
驚いたのは、“ノロゲンゲの煮つけ”だ。浜ではドギと呼ばれ、つぶらな瞳がチャーミングなこの魚、特徴は全身を覆っているたっぷりのコラーゲン。そして、プルプルの身から出るだしに、見た目からは想像もつかないような上品な深みがある。「ノロゲンゲの美味しさをもっと広めたいんです!」と話すのは、但馬漁協の統括本部企画流通課で、水産物の6次産業化を進めている森歩さん。漁協では、カニやハタハタなど多彩な魚醤を企画して販売しているが、旨味が最も豊かなのは、ノロゲンゲなのだという。
すっかり食べ尽くし、お腹が満たされてきたところで、「これでも、普段より魚の種類が少ないんですよ」と、ちょっと残念そうにしている西本さん。これで終わりなのか……と思いきや、このあともまだまだ、こんなにたくさんの料理が!ここは、まさに地魚天国。今にも器から飛び出しそうな、活きのいい料理をまとめてご覧ください。
こんなにお腹いっぱい食べても、まだ出会えていない旨い魚がある。だからこそ、魅力が尽きないのが但馬なのだ。
(但馬の魚④に続く……)
文:大沼聡子 写真:岡本寿、海老原俊之(dancyu食堂)