dancyu本誌10月号の「ニッポン美味紀行」では、兵庫県の但馬の魚を紹介しました。誌面に収まりきらなかったこぼれ話と共にお伝えしていきます。本誌記事と併せてお楽しみください!
日本全国にたくさんの漁港があるが、それぞれの海の特色があり、漁の文化があり、その上に成り立つ食の営みがある。兵庫県は瀬戸内海と日本海に挟まれ、南北にまったく異なる二つの海を持つ珍しい県だが、日本海側に面している但馬が、こんなにも個性豊かな港町だとは、今まで知らずにいた。
なんといっても、但馬の主力は沖合底引き網漁である。まだ夜が明ける前の香住漁港を訪れると、船いっぱいに魚を積んだ95t級の大型漁船が2隻戻ってきていた。
「栄進丸」の荷揚げが始まった。魚はすでに船上でサイズや種類で選別され、発砲スチロールのトロ箱に丁寧に氷詰めされた状態になっている。荷揚げ用のコンベアにのせて、ひたすら、船から降ろすこと1時間。運んでも運んでも、トロ箱はなくならない。どれだけたくさん積まれているのだろうか。荷揚げにはたくさんの人手がいるから、浜では女性たちも総動員である。
沖合底引き網漁は、水深100~800mの海底に網を投げて入れて引っ張り、狙った魚をごっそり獲る漁法だ。魚種が豊富なのは、カレイなど“底モノ”と呼ばれる魚を始めとして、異なる水深に生息する魚が獲れるから。これを一日に十数回、繰り返すこと3日間。さらに大きな船になれば、5日間戻ってこないこともあるそうだ。
「共進丸」の船長、福本吉彦さんは「いつ寝るのかって?漁の間はほとんど寝ないよ」と、笑っていた。カレイは夜、ノドグロは昼に獲れる。だから休んではいられないというのだ。
これだけの量を選別するには時間がかかり、扱いもぞんざいになりそうなものだが、但馬の漁師たちは、「いかに鮮度がいい状態を保ち、獲った魚の価値を高められるか」ということに心血を注ぐ。それぞれの船が狙う魚に応じて、冷蔵・冷凍設備もカスタマイズされている。そのこだわりが、「但馬の魚は旨い」という評価につながっているのだ。
ほどなくして、大きなカモメが舞う空に、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。昔から変わらない、「今日は競りがあるで!」と町全体に知らせる合図。兵庫県但馬水産事務所長の山下正晶さんは、「但馬にきて、初めてこのサイレンを聞いたときは、ビックリして目を覚ましましたねえ」と話す。空がようやく白んだ頃に、どんなに熟睡していようとも、目を覚ましてしまいそうな音量で鳴り響くのだから無理もない。昔も今も変わらず、ここは水産業で成り立っている町なのだ。
競り場に並んだ魚の顔ぶれを見てみると、エテガレイの量が凄まじい。全部で1690箱。荷揚げに時間がかかっていたわけだ。
この圧倒的な量の魚を支えているのが、但馬の“一夜干し”文化。買人の多くは加工業者なので、加工しやすくて数が多く揃う10番、11番といった15cm程度の手ごろなサイズが人気があり、最も良い値なのだという。大きいからといって高値がつくわけではないのだ。
ユニークなのは、値段がこれ以上は上げられないという最高額になったときに、複数の買人が挙手していた場合だ。その場合の決定方法は、なんとジャンケン!エテガレイの場合は、勝ち残った2人で公平に分けるというルール。競り人の「ハイ、分けといて!」という掛け声で締めくくられるのが、ほのぼの。地域で助け合ってきた歴史があるからだろうか、但馬の加工業者は、同業者同士の仲がいいのだという。
高級魚のノドグロは、競りの花形だ。選ばれし上物にはブランドタグがつけられて、さらに輝きを放っていた。多くの沖合底引き網漁の漁船は、このノドグロを狙って京都府沖から山口沖まで船を走らせる。競りに集まる買人の数も多く、あらかじめ決められた高値でいいものを先買いする仲買人も少なくない。
地元の人が愛してやまないのが、ハタ、シロハタと呼ばれるハタハタ。但馬でキスといえば、ニギスのことをさす。ちなみに「キス場のノドは旨い」と言われ、ノドグロも大好物なのだから、味の良さはお墨付きである。
タイと名の付く魚はマダイ、アマダイ、レンコダイのほか、大きな黒い斑点のマトウダイも。ミズダコにもお目にかかれる。アナゴは水槽から飛び出しそうなほど活きがいい。最近は気候変動などの影響で以前よりも獲れなくなったというが、沿岸のイカ釣りなどで獲れたマイカやシロイカが並ぶのも山陰らしい。
季節によって並ぶ魚も変わるが、年間を通じて70種近くの多彩な魚種が揚がるという但馬。眺めているだけでも楽しいが、やはり味わってみなければ!
(但馬の魚②に続く……)
文:大沼聡子 写真:岡本 寿、海老原俊之(dancyu食堂)