「dancyu食堂」の看板メニューである“生姜焼き”。その生姜焼きのために造られたクラフトビール“生姜焼きのためのペールエール”は、気仙沼にある「BLACK TIDE BREWING(ブラックタイドブリューイング:以下BTB)で造られました。今回は、ビールができるまでの物語をお届けします!
ペールエールと聞いて、皆さんはどんな味を連想するだろうか。IPAみたいに苦い?ヴァイツェンのようにフルーティー?
多種多様なスタイルがあるクラフトビールにおいて、ペールエールのクラシックかつニュートラルな味わいは、インパクトに欠けるものと捉えられがちかもしれない。
イングリッシュにモルトを効かせたり、アメリカンにホップをしっかり入れたり。そんなありふれたペールエールをイメージする中で飲んだ“生姜焼きに合うペールエール”の、どちらでもない安心感と細部における気遣いに舌を巻いた。
モルトのうま味だけでなく、カラメル感とクリスピー感を感じる味わいは、生姜焼きのタレの甘味と合わさると、一体感を生み出す。カスケードやコロンバスという王道なホップ使いの中に光る、フローラルで気品のあるハーブ感は、生姜焼きの生姜のスパイシーさに奥行きを添える。柔らかなガス感は、食べ進める中で温度が上がってもゆるゆると飲み飽きしない優しさがある。まさに、食堂でゆっくり食事を楽しみながら、定食の良き友として隣にいてほしいモダンなペールエールに仕上がっているのだ。
東日本大震災から早10年が過ぎ、復興の種が着実に芽吹きつつある気仙沼。復興記念公園から見渡す新しい建物や停泊船の並ぶ内湾の風景は、過去の出来事からは想像もつかないほど穏やかだ。
2020年春、この地に誕生した「BTB」は、復旧・復興の名の下に気仙沼に惚れ込んだ人間達が醸す絆のビールである。
醸造長のジェームズ・ワトニーさんは、科学の博士号も持つ理論派。アメリカ・ポートランドの「Culmination Brewing」や、日本の「伊勢角屋麦酒」での経験を基に、醸造開始から今までに80種以上のビールを醸造。人気のヘイジーIPAを中心にバラエティ豊かなスタイルを造る中、「ホヤール(気仙沼の特産であるホヤを使った「いわて蔵」とのコラボビール)」といった実験的なアイディアを唐突に提案するお茶目な一面も。
話を聞くとベルギースタイルの多様な味わいのビールが個人的には好きだけれど、それだけに固執することもなく「色々なビールを造る事が好きだけど、皆が美味しいと思ってもらえる事が1番◎」と語る彼の言葉には優しさの中に、揺ぎ無いプライドを感じる。
営業部長兼醸造士の丹治和也さんは、一度会えば忘れないBTBのマスコット的存在。他醸造所の立ち上げ経験から、BTBの仕事の様々なパイプとなり屋台骨として日々駆け回る。
「外から入ってきた僕等やクラフトビールが受け入れられるのか?といった心配は杞憂でした。気仙沼の人達のオープンな気質と、前に進んでいこうという力、誰でも気仙沼にほれ込むのに時間はかからない、そんな街の誇りになるようなビールが造りたい」と語る。
醸造所設立より2年で既に80種以上を醸造するアイディアやレシピの構成力は、他のブルワリーの追随をゆるさず、気仙沼らしい言葉や漁業に関する言葉を織り交ぜて作るキャッチ―で覚えやすいネーミングや、地元のデザイナーとのコラボレーションによる目を引くパッケージもBTB人気の一つ。 気仙沼市観光キャラクター「ホヤぼーや」や、宮城観光PRキャラクター「むすび丸」など地元のキャラクターも押し出し、県外への認知にも一役買っている。
1回の醸造量は1000L、缶ビールにするとおよそ3000本。週2回以上の醸造をするも新製品は早々にソールドアウト。醸造所に併設するタップルームは、既に町のコミュニティスポットとして定着し、町のおじいちゃんがふらっと来ては「新しいのあんのか!」と飲んでは喋るBTBビールのコミュニケーションツールとしての力は、暖かい気仙沼の人達と気仙沼内外から来た人達の新しい繋がりをより強固なものにしている。
既に醸造キャパシティが限界の醸造所はタンクやバレルの増設も控え、他業種とのコラボレーション、東北近隣のブルワリーを交えたビアフェスの開催、輸出ではシンガポールなど東南アジアを足がけにより大きく気仙沼の産業として根付くべく規模の拡大も視野に入れている。ジェームズさん、丹治さん以外の醸造スタッフ達も、自社醸造所立ち上げ前の研修として参加しておりBTBファミリーが日本のクラフトビールを席巻する日もそう遠くないかもしれない。
「dancyu食堂から生姜焼きに合うビールをつくって欲しいと言われて、最初は少しだけ戸惑いました。実は僕、生姜焼きを食べたことなかったんです」とジェームズさん。
「僕は、小さいときからおばあちゃんの生姜焼きを食べてここまで大きくなったといっても過言ではありません(笑)。一番好きなおかずなので、ジェームズをサポートできると思いました」と丹治さん。
そんな丹治さんの生姜焼きを愛する気持ちと、アイディアの塊の様なジェームズとBTBスタッフ、「dancyu食堂」とのキャッチボールで、数種類のスタイルまで絞り込んだ。食堂としての王道看板ビールという軸を大切に、イメージに最も近かったペールエールにスタイルが決定。しかし、スタンダードなスタイルだからこそ、レシピの組み立ては難航したという。
モルトやホップの細かい選定を重ね、生姜焼きを知らないジェームズさんと、おばあちゃんの生姜焼きで育った丹治さんの「ポークジンジャーじゃなくて生姜焼きなんだよ!!」という熱いディスカッションが夜な夜な気仙沼の定食屋に轟いたとか(笑)。
そんな中完成した“生姜焼きに合うペールエール”は、しっかりとクラシックさを感じさせてくれる味わいながら、生姜焼きをより美味しくするアイディアが散りばめられた、新しい食堂ビールのスタンダードに!これからも更に味わいをブラッシュアップしてくれることだろう。
「dancyu食堂」で飲むことのできる“生姜焼きのためのペールエール”、ぜひ一度味わってみてください。
文:白石達磨 撮影:伊藤菜々子