驚くほど親切でどこか懐かしい気持ちになる、幡ヶ谷のとあるカレー店を見つけた松尾貴史さん。心地よい客と女将さんのやり取りを聞きつつ堪能するカレーの味とは――。
ランチは、午前11時30分開店のところが多い中、こちらは11時ちょうどの開店で、朝飯を食べそびれて早めに昼食を取りたいことが多い私にはありがたい。
11時過ぎに着いて、ドアを開けてみればほとんど満席だった。ひとつだけ空いていた入り口近くの仕切りの窓側にある小テーブルに着くと、店の女将さんが「あら、こっち側の椅子に座ると足を出せるわよ」と教えてくれる。なるほど、向きでテーブルの足が邪魔になっていたのだ。
それだけではない、色々な親切な応対に恐縮する。お客さんが来ると、
「今日は幾分涼しいわね」
「お店のほうはどう?」
など、ひとりひとりに挨拶の声をかける。
店に入って来て、座るよりも前に注文するお客さんには「ごめんね、急いでる?」と気遣う。「ああ。いや、急いでるってゆうか、腹減ってんだよお」と返される。実家か。
赤ちゃんを抱っこした若いお母さんが「持ち帰りで」とテイクアウトを頼んでいる。赤ちゃんがいるから、家で食べるのかなぁと想像していたら、また女将さんの声が聞こえて来た。
「チキンは辛口だから、香辛料が赤ちゃんに影響するかもしれないから心配よ。卒乳してからにして、今日はポーク(甘口)とかビーフ(中辛)にしときなさい?ね?うん、そうしましょ?」とはまた、心配性だなあ。
しかし、若いママは素直に「そうします」ということになった。
以前来た時は、「ぼく、まだ小学5年でしょう?チキンカレーは中学に入ってから食べようよ、今日は我慢して。小学生がこれ食べると、辛くて頭がくるくるぱあになっちゃうわよ。ね?」という声が聞こえて来て、昭和にタイムスリップしたような塩梅になり思わず笑ってしまった。
少し視界から外れる私の席にも、「水、注いでおきますね」を4回も。ホールは一人でやっているのに、なかなかのサービスだ。
ビーフとチキンのミックスを注文したけれど、今回は前回の過ちをおかさなかった。ここは、普通盛りが他店の大盛りほどのポーションなのだ。
ビーフカレーはまろやかだけれど、辛味も程よい。味がしっかりしていて、しかし他にはなかなかない深みがある。どこか、中華のこがし醤油のような風味が感じられる。
チキンは昔懐かしい色合いだけれど、辛口も辛口、鋭い刺激が眼を醒してくれる。
気遣いのコミュニケーションと住宅街の親しみやすい雰囲気、懐かしい辛口のカレー、これで730円は貴重な存在だ。
文・撮影:松尾貴史