所属する事務所の近くにお気に入りのカレー店があった松尾貴史さん。時間に余裕あらば通っていたのですが、残念ながら数年前に閉店してしまいました。しかし、全く同じ場所に似通った名前の店が誕生。さてそのお味は――。
30年以上前、私の所属する古舘プロジェクトの事務所近く、市ヶ谷左内坂に「パク森」というカレー店があった。髭を蓄えた無骨な雰囲気のご主人と綺麗な奥さんが夫婦で切り盛りされていた記憶がある。大日本印刷など、近くには企業、オフィス群、大学があるので、昼時ともなれば行列ができる人気店だった。もとよりカレー好きの私はすぐさまヘビーユーザーとなり、事務所に行く「ついでの用事」をわざわざ作って通っていた。
その頃、その店のご主人が、テレビ東京に人気番組「TVチャンピオン」のカレー特集で勝ち進み、優勝してしまったのだから、人気店がさらに大人気店となって、空いている時間に「ついでの用事」を作るのに苦慮したこともあった。靖国通り側の支店や、今では閉館してしまった新横浜カレーミュージアムなどへの出店もあって、発展していた名店だった。
渋谷の道玄坂に店を出した時は、若い女性客も多いだろうということで、少し甘めの味付けにしていた。しかし、少人数で運営するのもいろいろな苦難があったのかもしれない。市ヶ谷にあった本店、支店は閉じ、数年前、渋谷の「パク森」も閉店してしまった。店主夫妻は、自然環境の中で生活を見直す終の住処として山梨県北杜市に拠点を移し、少しでも自分たちの手でつくった食材を使用した、取り寄せできるカレーを販売しておられるようだ。
ところがである。渋谷のその同じ場所、同じテナントに「パクパクもりもり」なるカレー店が現れるという怪現象が起きた。これはどうあっても食べてみなければ、と訪れたのが3年前だったか。実は、先代店主ご夫妻が退かれ、当時の店長がそのまま店舗もメニューも味も受け継いだのが、現在の店のようだ。店名も、先代への敬意を評してこの名前に変更したのだろう。
円形の土台のように成形したライスの「屋上」にドライキーマが敷き詰められ、周囲に液状のカレーグレイビーが取り囲む。この二重構造が、30年前にはすこぶる珍しく、一躍名物になったのも頷ける。旨味も素晴らしいが、辛さも好みに合わせて調節できるので、私はいつも「倍辛」で、とろとろ玉子をトッピングする事にしている。ライスはしっかりと形作られているので、食べてみると見た目よりも量が多いことがわかる。キーマ部分とグレイビー部分を好きなように変則化して食べ進めるのが嬉しい。
ここに、カウンターやテーブルに置かれている胡瓜のピクルスを合わせていただくと、旨辛に対して爽やかな酸味がいい間の相槌のようだ。現在の店主も気さくな方で、明るい店内を居心地良くさせてくれる。変わり種のカレー店がどんどんと出店する渋谷において、真打の風格を備えて来たのではないだろうか。
文・撮影:松尾貴史