辻仁成の“パリ・サラダ”
辻 仁成の"パリ・サラダ"|第十五回"スイカ・フェタ"

辻 仁成の"パリ・サラダ"|第十五回"スイカ・フェタ"

夏に食べたい簡単サラダ。見た目も味も驚きの美味しさです!作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。パリに住んで20年の辻さんによる、美味しさと思い出の詰まった“パリ・サラダ”のレシピです。

夏のサラダ

「ボンジュール!辻仁成のパリごはん」というNHKBSの番組に毎回、必ず出演してくれるパリの八百屋さん、マーシャルの家に招かれた。ア・ターブル(さあ、テーブルについて)の前にフランスでは、寛いだ雰囲気でアペリティフを楽しむ。シャンパンなどを飲みながら、軽食をつまみ、おしゃべりを繰り広げるのだ。このアペロに2時間ほど費やす家もある。とにかく、フランス人はメイン料理を食べることより、そこに至るまでの前哨戦に全力を投入する、そういう国民性なのである。笑。

とはいえ、ゴージャスなものはあまり出てこない。ソーシソン(サラミ)、ピスタチオ、ラディッシュ、チップス、など、スーパーで買えるような、簡単なおつまみばかり……。大事なのは、会話と食前酒なのである。ところが、さすがマーシャルは八百屋だけあって、ぼくの目の前にボンとキューブ状にカットされたスイカが鎮座していた。しかもその横に同じくサイコロ状の白いものが添えられている。ん?なに?

「ああ、これはね、ギリシャで出会ったサラダなんだよ。実は、ぼくら夫婦はギリシャが大好きで、毎年時間が出来るとギリシャ旅行に出かける。娘のイジアもギリシャ風の名前なんだよ。とくに北の方を良く旅するんだけど、そこで出会ったのが、これ、スイカとフェタのサラダ」

「この白いのフェタか? スイカと一緒に食べるの?」

「ああ、イメージ出来ないだろうけど、物は試しに、食べてみて。癖になるよ」

マーシャルに渡された爪楊枝でスイカとフェタを突き刺し、口に頬張った。おおお、なんと複雑な味わい。最初は一瞬、分からないのだけど、癖のある乳製品に混ざってとける胡瓜のような爽やかな味わいが口腔に広がった。なんだっけ、あ、ギリシャのザジッキに似ている。たしかに、ザジッキサラダの材料も胡瓜とヨーグルトとニンニクだった。わあ、美味い!!これはびっくりだ。食べたことがない!!!

フェタとは、羊あるいは山羊の乳からつくられる、ギリシャの代表的チーズなのである。白色の固形物だけど、ちょっとねっとりしている。食塩水に浸して熟成させるために強い塩味が特徴だ。日本でも、スイカに塩をかけて食べるが、フェタの塩味がこれの役割を果たす。そこに山羊の乳っぽさが加味され、日本人的には衝撃の味わいに。これはさすがに思い付かないけれど、チーズがそこまで好きじゃないぼくでも、ひゃっほー、止まらなくなった。シャンパンなどの泡ものとの相性が抜群だ。

「夏のサラダといえば、これだよ」

とマーシャルが自慢げな微笑みを浮かべてみせた。ぼくは、これにミントを挟んで、ちょっとおしゃれに加工してみた。黒胡椒を隠し味的にさりげなく振りかけると、ぐんと旨味が増す。騙されたと思って試してほしい、ギリシャの前菜サラダである。え?スイカは果物でしょ?と言いたくなる気持ちはわかるが、フランスではスイカは野菜の扱いを受けることが多いのである。では、一緒に作ってみましょう。

あ、といっても、レシピはない。ドレッシングもないし、火を使って調理することもないからだ。カットして、両方を一緒に口に頬張ればいい。ぼくのプレゼンで申し訳ないけれど、スイカもフェタもキューブ状にカットし、間にミントを挟み、爪楊枝で刺して、可愛く盛り付けたら、それで完成というのはいかがであろう。それこそギリシャのオリーブオイルとの相性も悪くないし、黒胡椒は味を引き立てるので、お試しあれ! ボナペティ!!!

完成

文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac