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想像を裏切る食感と歯切れ「水無月」|「岬屋」の今月の和菓子㉑

想像を裏切る食感と歯切れ「水無月」|「岬屋」の今月の和菓子㉑

あっという間に一年の折り返し。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。

“夏越の祓え”にまつわる菓子

水無月

三角形のむっちりした生地の上に、散らばるささげ豆。初めて見たとき、なぜ「水無月(和風月名の6月)」という名がついているのか分からなかった。
この菓子は、6月の晦日(みそか。30日)に行われる「夏越(なごし)の祓え」という、宮中から伝わった厄払い行事に食べられてきたもの。ここまで半年の穢れを落として、残り半年の息災を願う、12月の大晦日と並ぶ季節の節目の行事で、西の人にはなじみのある菓子だ。
「みんなに訪れる季節の行事だから、どこの店でも売られている菓子だったんじゃないかな。もとは、お餅屋さんで作られていたと思うよ」と主人の渡邊好樹さんは言う。
それを洗練された味に仕上げていくのが、上菓子屋の仕事。三角の形は、氷室の氷をあらわしたもの、と言われている。昔は貴重だった、夏の氷を想像し、涼を感じさせる。「岬屋」では、黒糖入りの黒い水無月もつくっている。

枠の準備で形が決まる

「この菓子は、単純なようだけど、とにかく仕事がたくさんあるんだよ」
生地の材料を取り出す前に、作業台に角せいろやさらしなどを用意しながら主人は言った。

作業台

せいろの中のすのこに四角いステンレスの枠を重ね、濡らして固く絞ったさらしをかぶせた。主人は“一文字”という金属製のヘラを使い、枠の形にさらしを沿わせ、端をていねいに押さえていく。

作業風景

「私はこの準備が苦手なの。主人みたいにきっちりとできないから」と女将の英子さん。
この枠の中に生地を流し入れて蒸すので、枠の隅々までさらしをピンと張っておかないと、厚みが均一にならないし、形も整わない。水無月の“角”を美しく出すために、肝となる作業だ。

ささげ豆を浮かせるには?

せいろの準備を終えたら、生地づくりに入る。
材料は、上用粉(うるち米の粉)、薄力粉、そして、上に散らす蜜漬けのささげ豆。小豆を使うところも多いが、「岬屋」では、昔から祝いやお祓いに使われてきた"ささげ"を使う。
「小豆は煮た時に割れることがあるけれど、ささげは割れにくい。だからお祝いごとに使われてきたんだよ」
一度やわらかくゆでたささげを、蜜に浸す。二番蜜までゆっくり浸して、中まで甘味を浸透させると、蜜ささげができ上がる。

材料

では、生地づくりを見ていこう。
さわり(打ち出しの銅鍋)に砂糖を入れて水で溶き、そこに薄力粉と上用粉を混ぜてふるい入れる。

作業風景

しっかり混ぜ合わせたら、生地の2割をさわりに残し、8割はいったん取り出す。2割の生地だけを、これから火にかけて練るというのだ。

作業風景

「ふつうに考えれば、ゆるい生地に豆をのせたら沈むでしょう。それをどうやって浮かせるか、ということなんだよ。うちでは、生地の一部に熱を加えて練って固めたところに、取り出しておいたゆるい生地を入れて調整しているんだ」
火にかけて練る生地には、少量の「練り上げ水」を加える。固まりだしたら早いから、火を入れる加減が難しい。主人は目を離さず、絶えず木ベラで混ぜながら様子を見守る。

作業風景

さわりの中で、ぽてっと固まってきた部分と、とろとろの部分が混ざり合っているまだらな状態で火から下ろし、作業台に移す。余熱でも火が入るから、休まず混ぜ続ける。そこに残しておいた生地を加える。
主人は木ベラを泡立て器に持ち替え、リズミカルに混ぜる。
「泡だて器を強く握ってもきれいに回せないの。手首と肘の連動なんですよ」

作業風景

火にかけて練り上げる生地と、後から加えるゆるい生地、その配分や火の入れ加減。職人の経験と技が加わって、ささげ豆が沈まぬ生地が完成する。しっかり溶き混ぜて、とろりとした生地を、先ほど用意した角せいろの枠に流し入れた。

作業風景

ささげの配置はランダムに

蒸す直前に、蜜ささげを生地に散りばめる。
「ささげは多すぎないほうがいいよね。食べた時に豆の皮が邪魔になるからね。うちでは散らすようにのせているよ」
散らす、と主人は言うが、生地の上に一粒一粒、ていねいに置いていくような動作だ。
「うちの若い子にもよく言うんだ。一直線に“並べて”しまっては面白くない。整列しないように、重ならないように、間を埋めるようにランダムにしないと、ってね」
でき上がりを見ると自然に散っているようだが、その自然さを演出するには、繊細な美意識が必要だ。

作業風景

黒い水無月の味わいは?

もう一種、黒い生地は、砂糖に替えて使う黒糖の色合いだ。
「黒の水無月はそう見ないでしょう。おいしいよ。うちは“ざら”を混ぜるけど、独特なやり方かもしれないね」
“ざら”とは、赤ざらめのこと。黒糖だけではクセが強く出過ぎるから、赤ざらめをブレンドして、まろやかに仕上げる。

作業風景

それ以外の生地づくりは、白と同じ。黒糖で染まった茶色い生地にも、蜜ささげがよく映える。

作業風景

蒸して完成する食感

仕上げは釜で30分。途中で、「息を抜いて」蒸気を逃しながら、ふくらみを加減する。
「上用粉だけだと、少しやぼったい食感の生地になるから、うちは薄力粉を混ぜています。こうするとつるりとした食感がでる。薄力粉が入っているから、しっかり火を通すよ。」

作業風景

取り出した直後は、ふわぁっとパウンドケーキのようにふくらんで見えるが、冷めて落ち着くと、平らになる。
ひと晩おいて、しっかり生地を落ち着かせたところで、エッジを立たせた三角形に切って、店頭へ。

生地

見た目はもっちりとしているが、食べてみると、想像を裏切る食感。弾力はあるが妙なべたつきがなく、歯切れがいい。これが薄力粉を使った生地のおいしさなのか。甘みもさらりとしていて、重くない。それでいて食べごたえもあるという心地よいバランスだ。
黒い水無月は、黒糖ならではの風味が楽しめる。上白糖の生地とは違ったコクのある甘さと香りがあり、ついつい白、黒、白、黒と食べ続けたくなる。

水無月
水無月(白・黒)は各一個250円。販売は7月2日まで。日によって製造枚数が変わるので、なるべくご予約を。

店舗情報店舗情報

岬屋
  • 【住所】東京都渋谷区富ヶ谷2-17-7
  • 【電話番号】03-3467-8468
  • 【営業時間】10:00~16:00
  • 【定休日】日曜、月曜(節句、彼岸を除く。夏季休業あり)
  • 【アクセス】京王井の頭線「駒場東大駅」より徒歩7~8分、小田急線「代々木八幡駅」、東京メトロ「代々木公園駅」より徒歩10~12分

文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子

岡村 理恵

岡村 理恵 (ライター)

群馬県生まれ。出版社勤務を経て独立し、食を中心としたライター・編集者に。料理はもちろん、畑や漁港からスーパーなど食に関わる現場、食卓をつくっている人々に興味あり。