なんと全身の約40%が脂質の怪魚がいるという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
アブラボウズを漢字で書くと「脂坊主」である。文字を見るだけで脂っこいし、実際に脂っこい。食味は高級魚のクエにやや似ているが、クエよりもずっと安価に流通している。そこでクエと偽って販売したり、調理したりして大きな問題になったことがある。ただ、当然のことながらクエよりもかなり脂っこい。クエでは淡泊な白身と美味な脂身の絶妙なバランスを楽しめるが、アブラボウズは全身が“トロ”状態である。
体型は長く太く、全長1.5m、体重100kg前後の大型が見られる。若魚には白い斑模様が目立ち、老成すると全身濃い灰色になる。そこから千葉県などではクロウオと呼ばれる。国内では相模湾や千葉県外房沖などの太平洋域に分布し、水深1000m前後に生息する深海魚だ。産地では切り身や册として流通している。回転寿司店でも時折アブラボウズのにぎりが見られる。
アブラボウズを語るときにはバラムツとアブラソコムツという魚を見逃せない。3種類とも深海の巨大魚で濃い灰色をして姿形がよく似ているのだ。いずれもやはり脂肪分が異常に多くて食味も似ているが、大きな違いは脂質にある。
アブラボウズの脂質はわれわれが消化できるのに反して、バラムツとアブラソコムツのそれは消化できず、食べると下痢などの症状が起きる。だからアブラボウズは普通に流通しているが、バラムツとアブラソコムツの2種類は流通が禁止されている。だが遊魚釣りでは3種類とも深海大物釣りの絶好の対象魚であり、見間違いには用心したい。産地の漁師さんは「バラムツとアブラソコムツもうまい魚だ」と言うけど……下痢は嫌だ。とはいえ、アブラボウズも体のおよそ40%が脂肪とされるので、大量に食べると下痢を起こすことがあるので気をつけたい。
カサゴ目ギンダラ科の魚であり食味は人気のギンダラにも似ている。だがやっぱりもっと脂っこい。煮つけや刺身、焼き物、フライなどに向く。刺身はふんわりと歯ざわりが心地よく、口中にみなぎる脂にはやや閉口するがしっとりとした甘みがそれを補うにあまりある。味噌漬けでは白味噌の効用なのか脂がさらりと感じて食べやすく、うま味が口中にあふれる。ほろりとした食感も申し分ない。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏