怪魚の食卓
糸のようにヒレが伸びる|怪魚の食卓100

糸のようにヒレが伸びる|怪魚の食卓100

100回に渡りお届けしてきた怪魚の食卓、今回が最終回です!その怪魚の食味は、人によって分かれるという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

東南アジアでは高級魚の「イトヒキアジ」

糸を引いているように見えるアジ科の魚だからその名がある。“糸のように見えるもの”は第二背ビレと尻ビレで若魚のときに見られるもので、成長するとともに短くなっていく。体高は高く菱形で、平べったくて全体の色は銀白色。アジというよりマトウダイ科のカガミダイによく似ている。

こんな魚だから地方名に傑作が多く、神奈川県では「カンザシダイ」、和歌山県では「ウマヒキ」、高知県では「カガミウオ」と呼ばれている。若魚の第二背ビレと尻ビレが長くのびている点ではウマヅラアジに似ている。ただ顔つきは違っていて、ウマヅラアジは眼の前方が凹んでいて馬面に見えるのに対し、イトヒキアジは眼の前方が丸いカーブになっている。国内では南日本以南の沿岸の水深100mまでに生息し、世界中の暖かい海に広く分布する。1mに達する大型魚だ。

イトヒキアジの身は特有の臭みがあるとされ、地元でも評価は低くて安価で売られている。だが釣り人たちのなかには刺身で食べるとやわらかい身だが甘みがあり、ほかのアジ類同様に美味という声もあって、評価はふたつに分かれる。個体差があるのかも知れない。なお、東南アジアでは高級魚として店先で売られているそうだ。下処理がよければ臭くないのかな?あるいは香辛料で臭みを消しているのだろうか?

体形が変わっているからおろしには苦労すると思われそうだが、そんなことはない。エラと内臓を取り除いて頭を切り落としたら、背側と腹側に深い切り込みを入れて二枚から三枚におろす。バター焼きではバターと醤油の風味が白身のうま味を引き出し、しっとりとしたおいしさを楽しませてくれる。歯にそっと寄り添ってくるやさしい歯ざわりにも好感が持てる。

イトヒキアジのバター焼き
①切り身を手に入れ、塩とコショウで下味を付けて小麦粉を両面にふる。
②フライパンにバターを温めて魚を焼き、両面が焼けたら器に取り出す。
③使ったフライパンに醤油を加えてバター醤油を作り②にかける。
イトヒキアジのバター焼き

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏