怪魚の食卓
そのカニ、毛ガニにあらず|怪魚の食卓94

そのカニ、毛ガニにあらず|怪魚の食卓94

見た目は毛ガニにそっくりなその怪魚、いったいどんな怪魚なのだろうか?グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

オスがお薦め「トゲクリガニ」

甲幅10cmほどで甲も脚も短い剛毛に覆われている……と書けば、ほとんどの人は毛ガニを思い起こすにちがいない。実際、そっくりでよくまちがえられる。トゲクリガニと毛ガニの両方が並んでいれば見分けられるだろうが、トゲクリガニ単体だとつい広く知られる毛ガニと思ってしまう。そのため、かつては毛ガニとして販売されていたこともある。

トゲクリガニの生息海域は北海道南部沖から津軽海峡、三陸沖だが、毛ガニは北海道から三陸沖、日本海と、だいぶ重なる。さらに、トゲクリガニそっくりのクリガニという近似種がいて、こちらは北海道北部で多く水揚げされるというから、毛が生えているカニの周辺はなかなかややこしいのだ。

トゲクリガニと毛ガニを見分けるコツは、毛ガニは上から見るとやや丸みのある甲なのに対し、トゲクリガニの甲はほぼ五角形をしていることだ。食味は毛ガニに軍配が上がるとされているが、トゲクリガニだって毛ガニと同じクリガニ科のカニであり、まずいわけがない。しかも毛ガニに比べると安価に購入できるから予算限定のカニ好きにはなんともうれしいカニといえる。なおメスとオスとでは価格が異なる。メスには内子があり、これを好む人が多くいて価格が高い。しかしオスのほうが身が多く詰まっていて、「カニ好き」を自負する人たちはこちらを好む。

トゲクリガニを手に入れたら、活きであれば水からゆでると脚がはずれない。大きめの鍋に水の量に対して3%の塩を加え、カニを入れて強火にかける。このときに甲を下にしてゆでるとカニミソが流れ出ない。取り出してあら熱を取る際も甲を下にするのがセオリーだ。食べ方は毛ガニ同様で、まず尻から甲をはがす。甲にはカニミソが残り、メスならばオレンジ色の内子もへばりついている。まずは内子をほおばり、次に肩や脚からかきだした身とカニミソを混ぜ合わせて食べる。濃厚と淡泊な味が口中で解け合い、野性的でふくよかなうま味が舌に広がってくる。食べたあとの甲に熱燗を注ぐ甲羅酒がかなりうまい。

トゲクリガニのゆでガニ
①塩分3%の水にトゲクリガニの甲羅を下にして入れて強火にかける。
②鍋が沸騰したら火を弱め15分ほどゆでる。
③尻から甲羅をはがし、オレンジ色の内子、カニミソ、肩や脚からかきだした身を食べる。
トゲクリガニのゆでガニ

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏