怪魚の食卓
ノレソレってなんの子?|怪魚の食卓91

ノレソレってなんの子?|怪魚の食卓91

この時期になると見かける、透明でぷるんと美味しいその怪魚は、ある魚の幼生だという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

西日本が産地の「ノレソレ」

「ノレソレ」とは魚の名前ではない。アナゴ類の幼生のことで、ウナギ目などの幼生をさす「レプトケファルス」のひとつである。主産地の高知県でノレソレと呼んだものだから、その名がすっかり定着している。確かにレプトケファルスよりはノレソレのほうが言いやすい。ノレソレとは不思議な呼び名だが、由来はよくわかっていない。一説にはかつてのイワシ地引網漁で網の中のそれがイワシの上で「乗ったり、それたり」していたからだという。

レプトケファルスとは柳の葉を意味する。なるほどノレソレの長く扁平な形は柳の葉に似ている。柳の葉と大きく違うところは眼と頭部があり、全体に無色透明なことだ。柳の形は水に対しての抵抗が大きくて沈みにくいため、海中を漂う生活に適しているのだそうだ。全長5cm前後で横幅1~2cmのものが多く、なかには全長8cm以上もある。珍奇な形状からほかの地方でも珍名があり、同じ高知県でも須崎市では「タチクラゲ」と呼ばれる。関西では「ベラタ」。ヘラに似ているからだろう。淡路島では「ハナタレ」という。これはずいぶんと失礼な名前である。

ノレソレは南方海域に生まれ、幼生として漂いながら早春になると遠く高知県など西日本の沿岸にやってくる。そこを網漁で漁獲する。鮮度が命の魚だからかつては漁師だけが食べていたが、輸送や保存技術が発展したことで広く味わえることになった。今やシーズンに高知県を旅すれば店先でも見られるし、居酒屋などでも注文できる。高知県の人はこの姿を見かけると春が近づいていることを知るのだ。

ノレソレは卵とじや、大葉などお好みの具とともにかき揚げなどにも料理されるが、生のままポン酢醤油で食べるのが定番と言っていいだろう。まず視覚で透明感を楽しんでいると、わずかな潮の香りが鼻先をくすぐってくる。数尾まとめて舌にのせれば覆っている粘膜質がなんともなめらかで、あえていえば湖沼に育つ山菜のジュンサイの食感に似ている。ぷりっとしてつるんとした歯ざわりはほかに代えがたい。わずかなうま味と甘みを残しながらの喉ごしの心地よさも絶妙だ。おいしく食べるコツは食べる直前にポン酢をかけること。長く漬けるとノレソレが白濁して見た目もなめらかな食感も損なわれる。

ノレソレのポン酢醤油和え
①醤油、柑橘類の絞り汁、煮切りみりん、出汁を合わせてポン酢醤油を作る。
②ノレソレをざるに移してざっと水洗いする。冷凍ならば袋ごと冷水で解凍する。
③②を小鉢に移して①をかける。もみじおろしと小ネギの小口切りを添えれば見た目が映える。
ノレソレのポン酢醤油和え

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏