怪魚の食卓
オジサンはエサ探しの名人!?|怪魚の食卓88

オジサンはエサ探しの名人!?|怪魚の食卓88

オジサンと呼ばれるその怪魚、エサ探しに長いヒゲを活用するという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

長いヒゲが特徴の「オジサン」

魚の和名にはクロウシノシタ(黒牛舌)やウマヅラハギ(馬面剥)などユーモアあふれるものが少なくないが、今回はなんと「オジサン」である。なぜオジサンなのか?

下顎に2本のヒゲのようなものが長くのび、正面から見るとまさにオジサンだからだ。立派なヒゲだけを見れば仙人と称してよいが、吻(ふん。口先のこと)の突き出たとぼけた顔つきを含めて眺めてみると、まさに「変なおじさん」だ。全長は30cmくらいが多く見られ、地色は朱色。尾の近くの背には二本の黒い横帯がやけに目立つ。ほかにも不明瞭な暗色の帯があり、それが汚れに見えて「変なおじさん」度をさらに強めている。

オジサンは千葉県以南の太平洋以南と沖縄の水深150mまでの岩礁域や珊瑚礁域に生息する。オジサンの特徴である2本のヒゲには人間の味蕾に似た機能があり、甲殻類など小動物のエサを探し出す役割を担っている。特にエサが岩のすき間や砂の中にいるときにヒゲが活躍する。しかも泳いでいるときは下顎の溝にたたまれ、エサを探すときにだけ長くのびる。そう、オジサンはエサ探しの名人であり、このヒゲのおかげでうまいものばかりを食べているに違いないのだ。そんな魚が食べてまずいわけがない。

白身はやわらかく淡泊ながらほどよい甘みがあり、クセがないので幅広い料理に向く。刺身でもいけるし塩焼きや煮つけ、フライ、すり身汁でも上品なおいしさを楽しませてくれる。沖縄ではマース煮にする人が多い。マースとは沖縄の言葉で塩を意味する。マース煮は水に塩を加えて煮るだけである。人によっては泡盛、ショウガ、豆腐、人参、ワカメなどを加える。シンプルな料理法だけにオジサンの味わいがよくわかる。塩気によって魚の甘さが引き立ち、白身のふくよかなうま味が快い余韻を残す。主産地の沖縄や奄美ではオジサンの切り身が店頭に並んでいる。オジサンの切り身……なかなか哀愁漂う響きである。ちなみにババチャンと呼ばれる魚は本連載38回目の「タナカゲンゲ」で紹介している。

オジサンのマース煮
①ウロコを引き、腹を開いて内臓をとり除く。大型のものは2~3等分する。
②鍋の水に塩と薄切りにしたショウガ、泡盛を入れて強火にかけ、沸騰したら①を入れる。
③再び沸騰したら弱火にする。アクを取り除き、魚に煮汁をかけながら煮る。
オジサンのマース煮

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏