新たな一年の始まりは、餅菓子からスタートします。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
新年の菓子といえば、花びら餅(「岬屋」では“菱花びら”と呼んでいる)が広く知られるようになったが、「岬屋」にはもう一つ、“箙(えびら)もち”という、茶道の初稽古用の餅菓子もあるという。それを見せていただくために店を訪ねた。
用意されていたのは、餅粉、上白糖、紅の色粉、そして白餡と蜜漬けのごぼう。
「材料は、菱花びらとほとんど同じだね。紅白の餅生地をつくって、蜜ごぼうを入れた餡を包みます」と主人の渡邊好樹さん。
さわり(打ち出しの銅鍋)に上白糖を入れ、水の8割ほどを注いで溶かし混ぜる。砂糖が溶けたら、餅粉を加えて混ぜ合わせる。
「水を一度に入れてはだめなんだよ、粉が混ぜにくくなるから」
餅粉がなじんだら残りの水を加えて溶きのばし、生地を半分に分けた。一方は白いまま、もう一方には色粉を混ぜて薄紅色にし、紅白の餅生地をつくるのだ。
「これを蒸すわけ。蒸気を当てると、紅色がしっかり出てくるよ」
続けて、蒸しの作業。
普段は白と紅で1段ずつ蒸すが、この日は少量で作ったため、一つのせいろで2つの生地を同時に蒸した。主人は、角せいろにステンレスの四角い枠をのせて水で濡らした2枚のさらしを敷き込み、境目を折りたたんで仕切りを作った。
「少量でつくることは滅多にないけどね。こういうのは、臨機の工夫だね」
蒸気の上がった釜の上にせいろをのせてから、紅白の生地を流し入れる。蒸気が上がり続けていないと、生地は流れ落ちてしまう。
蒸し上がるまでの間に、餡の準備をする。
「菱花びらの場合は、宮中の正月飾りの餅を模しているから、雑煮と同じように餡に白味噌を入れるけど、箙もちには入れないの。白餡をそのまま使います」
白餡を先に少し手でこね、艶を出す。これで口当たりが格段によくなるという。
練った白餡は小さく分けて、蜜ごぼうを挟む。
蜜ごぼうとは、白く柔らかくゆでたごぼうを蜜に漬けたもの。米ぬかでゆっくり煮てからきれいに洗い、蜜に二度漬けるから、丁寧にやれば3日かかる。年明けに提供するためには、大晦日から仕込まなくてはならない。
「この、ごぼうのゆで方が大事なの。口に入れたときに、白餡と一緒になくなるような柔らかさにしないとね」と女将さん。
箙もちの蜜ごぼうは、餡からほんの少しはみ出すくらいの長さで、菱花びらに入れるものよりもかなり短い。ころりとした小さな餡玉がたくさんでき上がった。
紅白の餅生地が蒸し上がり、作業場にいい香りが漂ってきた。ここからは早い。
熱いうちにさわりに入れてめん棒で搗き、しっかり練って取り粉の上に移動させる。粉をまとった餅は見るからにやわらかそうだ。
主人が丸く小さくひねり出した紅白の餅を、女将さんが重ね合わせ、ひょい〜と引っ張って10センチくらいの長さにする。
「板の上より、手の中でやる方がやりやすいの。2枚をべたっと重ねないで、下の白い餅のふちを少し出すようにするのがコツね」
刷毛で表面の粉をはらうと、すべらかな餅の表情が現れる。
さあ、仕上げの成形。
「餡の丸みが大事なのね。下手な形だと仕上がりも悪くなる」
話しながら主人は、手の中でさっと餡玉の形を整えて、餅の手前を少し広げてのせた。
餡玉は真ん丸ではなく、厚みがあって立ち上がっている部分と、そこからなだらかに下る部分とがある。
くるりと餅をかぶせ、手前に垂れる流れをつくってから、軽くおさえる。
「餡玉の背中側というのかな、このカーブが、餅をかぶせたときの形に影響するわけです。餅が柔らかいから、餡の形に沿って形が決まるの。後から形を整えるわけにはいかないんだね」
茶席に座った人から、どう見えるか。菓子を見る時の客の目線も意識して形づくる。
「違和感なく見えることが大事。心地よく、気持ちがなじむように。景色も味のうちだから」
餡を抱いた、立体的で凛とした形は、矢を入れて背負う武具、“箙(えびら)”を表している。
箙には、源氏の武将梶原景季が、生田の森の戦で、梅の枝を差して戦ったという故事があり、そこから“箙の梅”という風雅な季語も生まれた。
「餡の中の蜜ごぼうを、矢に見立てることもできるね。薄紅色の餅には梅の気配を感じるでしょう」と主人。
ほのかに甘い餅とやわらかな蜜ごぼうが口の中でなじみ、白餡の素直で上品な味が残る。
「餅はね、口の中でくっついてはだめなんです。抹茶一服ですっと消えないと」
箙もちで和菓子始め。今年もどうぞよろしくお願いします。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子