その怪魚は、平たい脚をオールのように巧みに操り移動するのだという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
「ガザミ」と言われて「?」でも「ワタリガニ」ならおわかりだろう。ワタリガニ科のカニはワタリガニまたはガザミと総称されて流通している。日本では「ガザミ」「タイワンガザミ」そしてこの「ジャノメガザミ」の3種類がよく見られる。
大きな特徴は「ヒシガニ」とも呼ばれるように菱形をしていて、一番後ろの脚が平たいことである。この脚をボートのオールのようにして巧みに泳ぐことができる。だからワタリガニと呼ばれる。ガザミとタイワンガザミは甲幅20cmに達するが、ジャノメガザミは甲幅15cmとやや小型になる。ガザミ類の3種類は甲羅の模様で見分けられ、ジャノメガザミの甲羅がもっとも大きな特徴がある。甲が緑がかった褐色をしており、白で縁取られた漆黒の丸紋が横に3つ並んでいるのだ。この丸紋がへびの目に似ているので、蛇の目(ジャノメ)の名がある。ツボシ、メガネ、モンガニなど地方名のいずれも丸紋からの命名になっている。
ガザミ類は愛知県や福岡県、愛媛県などでよく水揚げされるが、その多くがガザミであってジャノメガザミはあまり見られない。それでも関東以南のガザミ狙いの底引き網には時折混ざることがあり、魚市場でその丸紋がひと際目立っている。熱帯水域では多く漁獲され、切りガニにされて冷凍品で日本に輸入されている。これは唐揚げや鍋料理に適している。
国内産は姿のまま焼く「焼きがに」、二つに切り分けて利用する「炊き込みご飯」や「味噌汁」などどれもうまいが、ゆでがにのおいしさは言うまでもない。海水程度の塩水でゆで、タレなしでかぶりつきたい。甲羅をはがしてミソをすすれば海の恵みを凝縮しているかのような濃厚な甘みが広がり、その後にほおばる白身の淡泊なおいしさをがぜん際立たせる。またシュパシュパと脚をしゃぶっていると幸せな気分になれるし、食べ尽くしたあとの甲羅に熱燗を注ぐ「甲羅酒」もたまらない。
ジャノメガザミの味わいはガザミに若干劣るとされており、産地ではガザミよりもやや安価で売られていることがある。そんなときはぜひ手を伸ばして、やや南方系のカニの美味を堪能していただきたい。なおガザミ類の食べ頃は好みによる。初夏から秋にかけては外子を持ち、この時期を好む人は少なくない。いっぽう、秋から冬にかけては未熟卵の内子が詰まり身も充実している。かに好きを自称する人はこの秋から冬のガザミ類を選ぶ。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏