怪魚の食卓
塩ゆでが絶品の貝|怪魚の食卓78

塩ゆでが絶品の貝|怪魚の食卓78

聞き慣れない名前の貝だが、沖縄ではつまみとして親しまれているという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

沖縄では定番のつまみ「マガキガイ」

「マガキガイ」といっても真牡蠣のことではない。日本では房総半島以南に生息する、たった殻高6cm、殻径3cmの小さな巻き貝だ。主産地は沖縄で「ティラジャー」と呼ばれる。縦長の逆円錐形の殻はバイやツブ類と同様だが、殻口が縦長でやけに狭い。殻には白地に褐色のジグザグ模様が一面に走り、自然が描くデザインがとても美しい。マガキガイの和名はこのジグザグ模様が竹などで編む「まがき」に似ていることに由来する。

この小さな貝の奇妙さは殻口にある柄のついた蓋にある。三日月の形をして外側がノコギリ状になっているのだ。この蓋で海底を蹴って高くジャンプして敵から逃げたり、杖のように蓋を突いて海底を進んだりもする。人がこの貝を海中から取り上げると、ノコギリ状の蓋を空中に懸命に蹴り揚げ、それがまるで刀をふりまわしているかのように見える。だから、高知県では「チャンバラ貝」とか「キリアイ」と呼ぶし、大分県では「サムライギッチョ」、三重県では「ピンピンガイ」と呼ぶ。

関東ではめったに見かけないが、沖縄のほか鹿児島県や高知県、和歌山県、三重県などで漁獲される。沖縄では生きているものや殻ごとゆでたもの、ゆでてむき身にされたものが魚屋の店先に普通に並んでいる。また沖縄では3~6月のティラジャー狙いの潮干狩りに人気がある。大潮の干潮時に浅瀬を歩けばまとめて獲れることもある。

食べ方は塩ゆでが定番だ。ノコギリ状の蓋が殻から爪のように出ているので、これをゆっくり引っぱると全体が出てくる。ひとつ食べると、かすかな塩味に混ざった甘みがふんわりと広がり、内臓の苦みがこれに加わってうま味の微妙なアンサンブルを感じられる。みずみずしくてさわやか、それでいて奥行きのある上品なおいしさが心を揺さぶってくる。ひとつ、そして、またひとつ。ゆっくりと、注意深く、殻口から身を取り出すときの高揚感といったら。もう、手が止まらない!ビールのつまみにぴったりである。酒蒸しもうまい。沖縄では蓋を除いたむき身を煮つけやバター炒め、酢味噌和え、かき揚げなどにして食べられている。

マガキガイの塩ゆで
①砂抜きした生きたマガキガイを手に入れ、ざっと水洗いする。
②3パーセントの塩水に①を殻ごと入れて強火でゆでる。
③沸騰してから2~3分間ゆでたら火を止め、鍋ごとあら熱を取る。
マガキガイの塩ゆで

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏