その怪魚は、市場ではめったに見かけないが、漁師にとってはちょうどいい酒の肴なのだそう。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。
全身が派手派手な赤みがかったオレンジ色をしており、縦に平たく長く伸びて全長60cmに達する姿形はタチウオに似ている。だから、アカタチの名がある。では、その名のイッテンとは?背ビレ前方にやけに目立つ黒点を持っているからだ。その背ビレと腹ビレが頭部付け根から尾部まで見事に続いており、顔はヒゲのないドジョウのようである。このイッテンアカタチが属するアカタチ科は、ほかにもアカタチ、スミツキアカタチが日本近海に生息する。3種とも姿形がよく似ていて見分けることはむずかしく、アカタチと総称されることが多い。なおスミツキアカタチは上あごに細長い黒点があり、この名がある。
いずれも海底の穴から上半身だけを出してエサを待ち受け、流れてくる小型甲殻類などをパクリと補食する。危険な敵が近づくと後ずさりして穴に逃げ込むというテクニックを持っている。水深80~200mの砂泥地に生息し、主に南日本で釣りや底引き網によって漁獲されるが、産地でも店に並ぶことはごくまれなことだ。多くが練り製品にされるが、うまい魚なので漁師さんたちの格好の酒の肴にもなっている。
遊漁船で深場釣りに興じていると、ときにこの派手な魚を大釣りすることがある。何も釣れないよりはうれしいけれど、釣り人としてはなんとも複雑な気分になったりする。というのも、アカタチ類が釣れると本命の魚が釣れないと釣り人たちの間でまことしやかに伝わっているからだ。アカタチ類の珍奇な姿を見てほかの魚が逃げるからか?……いや、理由はよくわかっていない。
産地の漁師さんは煮つけや塩焼き、生干し、唐揚げなどでその味を楽しんでいる。やや水っぽい身なので軽く干して水分を抜いてから焼くとうまい。脂質が少なくクセのない白身だから油料理にもよく合い、ムニエルにすれば高級フランス料理かと思わせるほどに仕上がる。煮つけのさっぱりとした味わいも捨てがたい。唐揚げもいい。大型ならば開いてから2度揚げすれば骨まで食べられる。小型ならばぶつ切りにして揚げれば、各ヒレが小エビのから揚げの風味に似てビールのつまみとして絶妙となる。ルックスは異形だが、産地で見つけたらぜひ買い求めたい。
日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。
文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏