怪魚の食卓
天狗の鼻のような角を持つ?|怪魚の食卓76

天狗の鼻のような角を持つ?|怪魚の食卓76

その怪魚は、天狗の鼻のように見える角を持ち、沖縄では日本一うまいと言われているのだという。グロテスクだったり、生態が摩訶不思議だったりする怪魚たち。日本にいるまだまだ知られていない美味しい怪魚をご紹介します。

沖縄で好まれている「テングハギ」

和名に「ハギ」とあるし、見た目も似ているからカワハギの仲間と思われがちだが、ニザダイの仲間である。全長70cmに達するが40cm前後がよく見られる。大きな特長は成魚になると前頭部に角状の突起を持つことで、それがテングの鼻のように見えることからテングハギの名がある。しかしテングの鼻ほど大きくなくて迫力もいまいち。角をのぞけばどこかとぼけた顔つきだから「ブタハギ」と呼ばれたりもする。

ニザダイは尾の付け根に三つの黒い板状の骨質があり、それが三の字に見えることから「サンノジ」の別名がある。テングハギの尾の付け根にも二つの鮮やかな青色の斑紋があり、そのため「ニノジ」の別名がある。

本州ではあまり水揚げされず、たまに市場で見かけても安値で売られている。主産地の沖縄では追い込み漁や刺し網漁で比較的よく漁獲されて高値が付く。沖縄本島では「チヌマン」とも「ツノマン」とも呼ばれ、誰もが知っている人気魚の一つになっている。

透明感のある白身は刺身のほか、刺身やフライ、バター焼き、干物、味噌汁、煮つけ、塩焼きなど料理法は幅広くどれも美味だ。この点でもニザダイ類よりもハギ類と共通している。

ただし、ニザダイ類だから臭いはきつい。おいしく食べるためには3つの鉄則がある。その一、旬を選ぶこと。秋から冬にかけて脂ののりがよくなり、臭みも比較的少ない。その二、新鮮なものを手に入れること。その三、上手にかつ手早く下処理すること。生きているものを締めて血抜きをすれば言うことない。沖縄には「チヌマンは日本一うまい」と言い張る人が少なからずいる。ほかの土地で不人気なのは、以上の鉄則を知らないからではないかと思う。

沖縄では刺身やマース煮(塩煮)、塩焼きが特に好まれる。刺身にすると脂身のうまさが感じられるし、マース煮は身離れがよくて食べやすい。皮ごと焼く塩焼きは焼き始めると脂がじゅうじゅうとしたたり落ち、獣肉を焼いているような強烈な臭いが漂ってくる。臭いを楽しみながら口にふくめば、深く豊かなうま味が口中に溢れる。これらは脂身のうまさが際立つ料理法だが、味噌汁にすると一転してテングハギのだしのうまさに驚愕することになる。

テングハギの味噌汁
①腹を切り開いて内臓を破らないように取り除く。腹の中をきれいに水洗いする。
②皮を引いて適当な大きさに切る。
③湯をわかして②と乾燥ワカメ、豆腐を入れる。
④魚などが煮えたら火を止め、味噌を溶き入れる。椀に移して青ネギを浮かべる。
テングハギの味噌汁

解説

野村祐三

日本全国の漁師町を精力的に取材して50年。漁師料理に関する経験と知識は右に出る者なし。『旬のうまい魚を知る本』『豪快にっぽん漁師料理』など地魚の著書多数。

文:小泉しゃこ イラスト:田渕正敏