世界の○○~記憶に残る異国の一皿~
日本では考えられない炊飯事情|世界のごはん②

日本では考えられない炊飯事情|世界のごはん②

2021年11月号の第一特集テーマは「『ごはん』の季節」です。自転車で世界一周を果たした旅行作家の石田ゆうすけさんは、海外では米が恋しくなってしまうのではと心配したそうですが、意外にも簡単に手に入ったと言います。しかし、中には信じられないものがあったようで――。

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欧米はパン、ドイツはジャガイモ、アフリカはトウモロコシの粉を練ったもの、そしてアジアは米。各地の主食分布はそんなふうになっているのだろうと漠然と考えていた。
だから、自転車世界旅行に出る前は、アジア以外では米欠乏症になるんじゃないかと心配していたが、結果から言えば世界中どこでも米は簡単に手に入った。

ただ、例外が一つだけあった。オランダだ。
男女とも平均身長が世界トップクラスの国だが、体が大きいだけでなく、料理も大味だった(あくまで個人の体験による個人の感想です――ってこれ、旅行記の大前提だけれど、いろいろ面倒な世の中なので一応)。
隣国ドイツのケーキは繊細なのに、国境を越えてオランダに入った途端、ケーキ1カットのサイズが大きくなり、甘さも荒っぽく過剰になった。町や人を見てもなんの変化も感じないのに、ケーキだけはガラリと変わったのだ。
また塩やサラダ油もオランダで買ったものはどういうわけか舌触りが尖っていて、おかげで何をつくってもまろやかな味にならなかった(たまたま粗悪品に当たっただけかもしれないが)。食料廃棄には強い抵抗感を持つ自分だが、最終的に耐えられず、塩もサラダ油も大量に捨ててしまった。

そんなオランダでは米がなかなか手に入らなかったのだ。
スーパーを何軒もまわった挙句、大型店でやっと見つけることができたが、広い売り場に一種類のみ、これがまた一風変わった米だった。一食分ずつビニール袋で個包装された長粒種米が6袋、昔の朝食用シリアルを思わせる紙箱に入っている。箱の裏面を見ると、日本人には考えもつかない炊き方が図解されていた。鍋に沸騰させた湯にビニール袋ごと入れ、15分たったら袋を引き上げる。袋には細かい穴がたくさん開いていて、そこから湯を切り、中の米を皿にあけて出来上がり。
そのとおり調理して食べてみると、案の定、お粥のできそこないのようにしゃばしゃばと水っぽく、古米のような臭さがあった。なんというか、無言で食べているうちに急に人格が変わってウガアアアッとテーブルを引っくり返しそうになる、そんな味だった。

ためしに袋を破って中の米を鍋にあけて研ぎ、日本式に炊いてみると、長粒種米なりにふっくらして水っぽさもなかった。中身は普通の米のようだ。
ではなぜわざわざ個包装までして、レトルト食品のように湯にくぐらせるといったつくり方を提唱しているのか、というと、おそらく、米の調理法を知らない人が多いからだろう。

たくさんの国で友人ができ、家にお邪魔したが、炊飯器を置いてある家は欧米では皆無だった。ま、そりゃそうだろう。
それでも米を鍋で調理して出してくれることはあった。メインの横に付け合せのように添えられていたり、カレーを添えて出されたりしたが、ごはんは往々にして水っぽく、味気なかった。ご馳走になっておいてこんなことを言うのはほんと申し訳ないのだけれど。

長粒種米だからぱらつくのは仕方がないが、調理の仕方で多少は変わる。日本式に炊けば、前述のとおり長粒種米でもそれなりにふっくらするし、多少は粘り気も出る。
アメリカ人カップルの自転車旅行者と一緒に旅をしたときは、なるほどと合点がいった。
彼らは米を大量に持っていた。携行しやすさ、保存性、栄養価を考えると、米は旅に勝手のいい食材なのだ。
しかし、彼らは日本人が見たらのけぞるような方法で米を炊いていた。以前も小欄に書いたが、鍋に大量の湯を沸かし、米を研がずに袋からそのまま投入、木べらでぐるぐるかき混ぜ、米が柔らかくなったら湯を捨ててできあがり。ってパスタかよ!

互いのごはんを分け合ったのだが、彼らのごはんはやはり水っぽく、糠臭さかった。
一方、彼らは僕のごはんを食べると目を見開き、真剣な表情で聞いてきた。
「つくり方を教えてくれないか?」
その日以来、欧米では世話になった人に日本食をつくってふるまうようになった。
彼らは僕が炊いたごはんを食べると決まって「スティッキー(粘り気がある)」という語を口にし、おもしろいように毎回炊き方を聞いてきた。粘り気のあるごはんは彼らにもおいしいらしい。
技をほめられた職人のように僕は嬉しくなり、日本式炊飯をせっせと伝授したのだが、"パスタ風炊飯"や"レトルト食品風炊飯"と比べて、研いだり水の量を計ったり蒸らしたりと、手順も手間も多い調理法を今も続けている人は、はて、いるのやらどうやら。

文:石田ゆうすけ 写真:安達紗希子

石田 ゆうすけ

石田 ゆうすけ (旅行作家&エッセイスト)

赤ちゃんパンダが2年に一度生まれている南紀白浜出身。羊肉とワインと鰯とあんみつと麺全般が好き。著書の自転車世界一周紀行『行かずに死ねるか!』(幻冬舎文庫)は国内外で25万部超え。ほかに世界の食べ物エッセイ『洗面器でヤギごはん』(幻冬舎文庫)など。